猿飛佐助のお宅訪問 ※題字をクリックすると本文が出ます 栗鼠廻し編 「ちはー、ダンナ」 「ちはー、じゃねえよ」 軒の上からひょいと逆さまに顔を下ろした忍びを認めて、政宗は眉を顰めた。一体何度目だ。そうちょくちょく来られる距離でも間柄でもないというのに、それを一度尋ねたら何食わぬ顔で「だって俺様の凧早いし?」とか首を傾げてきた。いやいやそうじゃねえよと言い返しても聞いていなかった。 そもそも、ほいほい城に侵入されること自体問題なのだ。小十郎に言って警備を強化させているのだが、これだから手練の忍びというのは扱いに困る。徐々にレベルアップしていく難易度を楽しんでいる節すらあるのだから、政宗でなくとも嘆息したくなるというものだ。 「化かされてる気分だぜこっちは」 仕方がないので縁側に腰を下ろすと、ニンと歯を見せて笑った佐助は身軽に一回転して庭先へ着地した。案外これが本当に狐だったとしても、政宗はあまり驚かない自信があった。 「狐相手に随分お優しいじゃないのお殿様?」 バカらしい揶揄に鼻を一つ鳴らして、政宗は自分の隣へ来いと、床を軽く叩いて催促した。えへへーとかなんとか言いながら佐助は素直に従った。佐助はよく笑う。屈託が無いと言えば嘘だが、とりあえず笑っておけばなんとかなるとでも思っているらしい。とにかくえへへーにししーあっは!と笑って、誤魔化し誤魔化し生きている。 そういう忍びもいるのが意外だった。政宗の知る限り忍びは笑わず騒がず目立たず、泣きもしない、そういう生き物だった。 キーキー。 そうだ、キーキー鳴いたりしない。そんなのは忍びじゃない。 「…ん?」 「ん?」 キーキー聞こえる。佐助?違う、佐助の胸元から聞こえる。よく見ると迷彩の布が触れもしないのに浮き上がったり凹んだり、奇妙に動いている。政宗が手を伸ばそうとすると、佐助はその手を取って慌てて遮った。 「わ、だめだめ」 「なにがだめだ離せコラ」 ちょっと待って、と言って佐助が首元をひょいと摘んで覗き込み、そこに手を突っ込んでゴソゴソやっていたかと思うと、取り出したのはリスだった。丁度手のひらに収まってしまう程度の大きさのそのリスは、佐助の懐から突然出されてびっくりした様子で、政宗に向かって差し出された佐助の手のひらから、ひょいと政宗の袂に飛び移ると、そのままくるくる政宗の胴回りを旋回した。 「なっ、おい!」 迂闊に手を出せず、自分の周りをひた走る小動物を目で追いながら、政宗はお手上げ状態だった。 「忍び!」 仕方なしに助けを乞うた途端、傍観していた佐助はまたニヤリとして、人差し指と親指で円を作ると口先に持っていき、器用にピッと音を鳴らした。それに反応して、リスの動きはピタリと止まった。そして再び佐助が指笛を鳴らすと、落ち着いた様子で佐助の肩へ飛び移った。 忍びが大烏や犬を、その術のために使うことは知っている。そしてリスもというわけらしい。 「いよいよもって大道芸だな」 「ちょっと、助けてあげたのにその言い草はないんじゃない」 しかし言いながら佐助は楽しげであった。政宗の目がまだリスに釘付けであったからかもしれない。 「あげよっか、こいつ」 「なんだと?」 佐助が肩に手をやると、リスは大人しく佐助の手を伝い、そして佐助はリスを乗せたままの手をゆっくり政宗に近づけた。リスは愛くるしい黒目で政宗を見て、きょとんとしている。 「あげるよ。ほら」 ツイとまた近づけられて、政宗は止むを得ず自らの手をリスの元へ差し出した。リスはするする移動し、政宗の腕を伝うとそのまま肩へ収まった。そちらへ視線を落とし見やれば、なんと可愛らしいのか。鼻をひくひくさせてこちらを見上げる様に、知らず頬が緩んだ。 「かわいいねー」 佐助がまたにこにこ笑っている。 「名前は付けてあんのか?」 「名前?」 リスと同じようにきょとんとして、佐助はうーんと考え込むと、何気なしに空を見上げて、 「空之助」 なんてぼやいた。ははあ、と政宗も気が抜けたように空を見上げた。政宗はすぐに目を落として、まだ空を見ている佐助の顔をまじまじと観察した。 すぐに気付いたらしい佐助は政宗と目が合うと、何かばつが悪いのか恥ずかしいのか、誤魔化すようにえへへー、と笑った。肩で空之助がキーキー言っている。 「…かわいいねえ」 と言ったのは、政宗であった。えっ?と佐助が聞き返した時には、政宗のほうがニヤニヤ笑っていた。 身焦し編 「あんたな」 今日はどこからかと思えば厠であった。短冊状の板を外してホコリまみれになった佐助はいつものごとくへらりと笑った。いやいや、お仕事お仕事、と言って書状を差し出す。わかったそれはいい。 「とりあえず出て行け」 「えー…せっかく忍び込んできたのに」 「ションベンひっかけるぞ」 「うわっ、勘弁!」 またガタガタさせながら板を戻して、佐助はいなくなった。 自分が戦国大名で、天下取りの野望を持つ者なら、どのような犠牲が必要であれ飲み込まねばならないという意識は常に政宗の中にあった。あったが、まさか戦もない時期に静かに用を足すくらいのこともおちおちできなくなるとは、さすがに予想していなかった。クソが!と呟いて、厠でその言葉はちょいとばかし趣味が悪いと思い直した。 自室に戻った。書きかけの書状が置いてある。政宗は公式文書でもない限り、滅多に祐筆を使わない。手ずから書くことにそれなりの価値を見出していた。 が、まだ序文で止まったままの書状を腕組して眺め、厠の方を振り返って、ちょっと考え、手を叩いて祐筆を呼んで来させた。そしてこれまで書いた文を写させ、それから…と言って、続きを書かせた。 奥州の短い夏の間にも蝉は鳴く。ミンミン喧しいほどのその鳴き声を耳にしながら、政宗はひたすら、 「あー、それから」 と言って、一刻ばかりすると随分長い書状が出来上がった。 祐筆を下がらせる時、まだ年若い書き手は首を傾げていた。大した内容でもなし、愛人宛てのものなのに、なぜ自分が書かされたのかわかりかねているのだ。 政宗は同時に人払いさせた。小姓にも、もういいから小十郎のガキの相手でもしてこいと言って追い払った。するとしばらくもないうちに再び佐助が現れた。今度は縁の下からである。 こちらを見上げる顔は微妙なしかめっつらをしていた。 「ひっどい!」 と、恨みがましく言われる。 「What?」 素知らぬ振りをして肩で笑い、政宗は部屋に引っ込んだ。ぽいっと草鞋だけ脱ぎ捨てて、佐助も遠慮無しに部屋へ上がった。そしてまたブーブー言う。 「俺がいるのわかってただろ!?このクソ暑いのに土と壁に張り付いて忍んでた俺様の身にもなってくれよ!」 「なァんで俺がお前の身にならなきゃなんねえんだ。嫌なら帰ればいいだろ」 もっともである。正式な飛脚として訪れるのならそれなりの対応をするが、わざわざ警備を掻い潜ってやってくるような不届き者に気遣うことはない、というのが政宗の理論であった。 「ん」 と言って、政宗は佐助に手を差し出した。 「なんだよー」 「なんだじゃねえ。書状」 「竜のバカ」 完全に機嫌を損ねてしまったらしい。だからと言って態度を変える政宗ではなかった。あっそう、と呟いて、文机に置かれたままだった先ほどの書状を取り、逆にそれを佐助に渡した。 「なにこれ」 「渡してこい」 「誰に」 「猫にlove letter」 「らぶ…?」 意味を判じかねた佐助は嫌々受け取った。持つ様は雑巾を摘むが如しである。無理もない、これのおかげで佐助は今汗だくなのだ。ちえっ、と舌打ちして、佐助は自分の書状を政宗に押し付けた。どうやら幸村かららしい。 「俺がこれをちゃんと渡すかどうかはわかんないよ?」 分厚くて重量感たっぷりの書状を片手でぞんざいに振りながら、佐助は自分の機嫌の悪さを主張した。が、政宗は、 「破り捨ててそこらの川にでも流せばいいさ」 とケロリと言った。 「ええ?じゃあなんのために書いたの」 「さあねえ」 政宗は幸村の汚い字を読みながら、たまにはそっちも焦れるがいいさと、そんなことを考えていた。 望渡し編 「今殺されても文句は言えねえぞ」 「ははー、だねえ…」 丑三つ時である。木の根元に足を放り投げ座り込んでいた佐助が頭をガシガシ掻く。政宗は目を細めて佐助を観察した。薄汚れた着物にポツポツと赤い斑点が混じっている。佐助の職業柄、一体何をしてきた帰りなのか予想するまでもないが、さらに言ってしまえば、その生気の無い顔は普段以上に凄惨な印象を与えた。 乾いた中身のない佐助の笑い方の中に、常ではなくとも時折、忍びの業らしきものを政宗は垣間見る。政宗がいつ何時も背負っているような統率者としての責任は佐助に無い。だからと言って、佐助の抱える重荷が、決して政宗よりも軽いというわけではなかった。 現に佐助は今重くて支えきれなくなった荷をそこに降ろして、無理にでも笑いながら政宗を見上げているではないか。だからと言って佐助を甘えさせてやるだけの優しさを政宗は持つことができなかった。 代わりに与えてやれるのは血生臭い台詞だけであった。 雨が降る。佐助の脛当の漆黒が、色味を増した。政宗はただ縁側から庭に座り込む佐助を見下ろしたまま、いつものように招き入れることはしなかった。 「あのさー、ダンナ」 口元にだけは笑みを浮かべたまま、佐助はぽつりと呟いた。雨の音に掻き消されはしまいかと思うほど心許ない。一つね、と言って、佐助は脛当と同様の黒く厳しい篭手に包まれた腕を上げ、人差し指だけを立てた。その爪先は獣の如く鋭く研がれている。 「一つ、お願いがありまして」 「……多分聞かねえぞ」 「えー?ケチだなあ…。まあいいけどさ」 揶揄を飛ばすだけの元気はあるのだと信じてよいのか、計りかねた。忍びのくせに、他国の当主にこれだけ弱味を見せ付けて、かえって企みがあるのではと思われるほどである。 「怪我くらいなら気遣ってやってもいい」 佐助のお願いを遮って、政宗は言った。雨に混ざって赤黒いものが流れているのは、返り血ではあるまい。佐助の様子を見るに致命傷ではなさそうだが、普段のように素早い動きはできなさそうだ。 「怪我なんかほっといていーよ。それより聞いて」 らしくもなく、音を立てて佐助は立ち上がった。ビシャビシャ水溜りに足を突っ込みながら、一歩一歩政宗に近づく。顔が青白い。 「ダンナさあ、死んでくんないかな。俺より先に」 「……は?」 脇差を取りに戻ろうかと思ったが、佐助に殺気を感じられないので、政宗は立ち尽くした。佐助は困惑した政宗を見て、心底おかしそうに、えっへへ、と笑った。そして体を前に倒して少しの間息を整えていた。腕の傷を押さえている。 「いてて…いやー、今じゃなくってさ。もっと先の話しで」 「忍びに過去も未来もないと聞いたぜ」 「うん、そうなんだよね。俺だってそう思ってたよ。俺は今さえあればいい。あわよくば、真田の旦那が立派にこの世を生きていければ、もっといい。…てね、そんな感じで」 ぴちょんと音を立てて、佐助の血液が地面に落ちた。 「けどさー、俺今日に限ってヘマしてさあ」 「ヘマ?」 「死ぬのが怖いんだよ」 雨がさっと止んだ。通り雨だったらしい。雲の切れ間に月が覗き、闇夜を照らした。かわりに佐助の顔に落ちる影も色濃くなった。 政宗は居た堪れない気持ちになった。そうかと言って、望みどおり死んでやるわけにはいかない。 俺って我侭かなあ、と首を傾げた佐助は、しかしそれほど悲しげではなかった。 なんとも言えない。佐助も、さほど政宗の返答を期待しているわけではないらしかった。 「んじゃ悪いけど、帰るね」 ひらひら手を振って、佐助は政宗に背を向けた。 「……おい」 「へ?なに?」 「お前が手にかけりゃいいだろ」 その言葉が予想外だったのか、佐助は目を見開いて政宗をまじまじ眺めていたが、やがて、 「冗談!」 と言って、にやりとした。 雨晴らし編 佐助からもらったリス、空之助(立派だがものすごく適当につけられた名前だ)を飼い慣らそうと努めた覚えはない。少なくとも政宗にはなかった。 だというのに、空之助は政宗が政務を終え、腕を天井に突き出して伸びをする頃、大概政宗の横にちょこんと座っていた。そうして政宗を見上げる様は、ねえねえお仕事終わった?遊んで?と問いかけているようで、今日も政宗はじっと空之助を見つめた。嗚呼無垢な瞳よ。思わず頬が緩む。 「めごいなあお前」 「誰?俺?」 今日は格子窓から。 「…どんだけ暇なんだ武田の忍びは」 「暇なわけないじゃーん。忙しい合間を縫って来てんじゃん」 それが暇だと言うのだ。佐助は、浅葱の小袖に編み笠、旅人風の出で立ちであった。諜報活動の帰りであろう。政宗が平然としているのは、単に現在武田家との関係が良好であるからに他ならない。 佐助の腕には際立って白い包帯が巻かれていた。今しがた取り替えたばかりのようである。その白がなぜか痛々しく政宗の目に映り、眉を顰めさせた。 佐助がこのことに気付かぬほど鈍感であるわけはないが、かえって明るい笑顔でもって佐助はカタリと格子を一つ二つ外し、よいしょと言いながら、するする部屋へ入ってきた。 「あれ、空之助」 文机の横に腰を下ろした佐助は、その時初めて空之助に気付いたようであった。ピッ、と指笛を吹くと、空之助は機敏に反応して、佐助の肩までよじ登った。 佐助は腰の皮袋から木の実を取り出し、ご褒美ね、と言って空之助に与えた。書簡をまとめていた政宗は、ご褒美?と首を傾げる。空之助のカリカリ言わせる音が小気味よく部屋に響いた。 「ちゃんと竜のダンナの相手してたからご褒美。あーそうそう、言い忘れてたけど、今みたいな時は餌あげてね。どんぐりとかキノコとか」 「…相手をしてもらった覚えはねえが?」 「嘘」 「なにが嘘だ」 「さっき空之助見て、わーかわいーって顔してたじゃん」 妙なことを指摘され、若干恥ずかしさが込み上げる。だがぐっと飲み込んだ。 「政務に疲れたお殿様を癒す役目ってか?」 「そうそう。あんたも一日中気張ってるわけじゃないと思うけどさ、たまには動物でも愛玩しなさいよ」 「……愛玩用じゃあねえだろう、そいつ」 一瞬きょとんとしたかと思うと、悪戯がバレた子供のように、佐助はにやりと笑った。 最初からわかってはいたが、佐助の指笛に対する反応といい、普段は大人しくどこぞのねぐらに潜んでいるくせにふとしたタイミングを見計らって出てくる様子といい、人への尋常でない慣れ方といい、これはいくらか有意義な方向に使えると、何度か考えた。仕込めば密書を届けるくらいのことはやってのけるだろう。 相当苦労して訓練したのに違いない。 「空之助には悪いが、妙な動きをしたらすぐにでも叩き殺すつもりだった」 うげ、と佐助は顰め面をした。 「わーもーあんたって本当ヤな人だねえ…ぷれぜんとのし甲斐がないってーか。…せっかく時間かけて仕込んだってーのに」 「プレゼントだあ?」 と苦々しげに言って、政宗は佐助の肩から空之助をひったくった。文机の上へ放し、指で優しく撫ぜてやると空之助は気持ちよくてたまらないといった顔をした。一体下手をすれば政宗に息の根を止められていたのだとわかっているのか。 「俺を喜ばせたいなら手っ取り早い方法を教えてやる」 「…はい?」 壁に凭れかかる佐助の左腕に手を伸ばした政宗は、空之助にやってやったようにスルリと袖を撫ぜたかと思うと、丁度傷の中心部に来て力を込めた。 不意の痛みにさすがの佐助も顔を顰める。すぐさま退けられたが、政宗は平然としたまま再び空之助に向き直った。 「なにすんだよ」 「全部俺に寄越せ」 「……なにいってんの」 「空之助を手懐けた時間も、その傷も、」 空之助がタッと駆け出した。庭を飛び出て、木にするすると登る。政宗は緩慢にそれを眺めた。 「そこの庭に流した血も、全部」 政宗の呟きは、驚くほど静かな部屋に消えない染みを自ら垂らすかの如き不自然さで、ポツリポツリと落ちた。佐助はじっと聞いている。 「全部俺に寄越せ、忍び」 言い終わってしまっても、佐助はなかなか口を開こうとしなかった。物音一つたてず、まるで自分が存在しないかのような静寂を作り、ただそこにいた。 ようやく吐き出したのは、 「できないよ」 の一言であった。 政宗は、できないなら…と、続けそうになった自分を律した。 先に禁を犯したのが例え佐助の方であっても、政宗もそれに応えてしまったのには間違いなく、己にかその事実にか、政宗は苛立ちを覚えたのであった。 (死んでやることはおろか、生きてやることも) 佐助が苦笑を漏らして、ダンナ、と呼んだ。振り向くと、腰にあった皮袋を差し出される。木の実が詰まっているのだろう。 「あげる。空之助にやってもいいし、庭に埋めても案外綺麗な花が咲くかもしれない」 「…じゃあ半分は埋めてやる」 政宗も苦々しく笑いながら、受け取った。 生け殺し編 「わーいダンナ」 「ダンナぁ〜、じゃねえよ」 アホみたいに間抜けな顔をした忍が埋もれていたのは他でもない、以前佐助が寄越した木の実から出た芽が繁茂する城の一角であった。既に腰あたりまでに成長した幼木は、ただ単に長い年月を表すばかりではない。それは佐助が姿を見せなくなってからの日々と同義であった。 以前はそれこそ足繁く訪れた佐助が突然ぱたりと消息を絶った理由は、最早確かめるまでもない。 互いに踏み込みすぎたのだ。 年月は佐助の贈り物を育てたが、一方では失わせてしまった。政宗はガサガサと無造作に草木へ分け入り、それをきょとんと見上げる佐助の手を掴み上げた。 「なに、勘弁してよ」 「いいから来い」 政宗は一角の中で一際素晴らしい成長を見せている木の下まで佐助を誘った。既に二人の身長すら超えた木の根元を政宗は指差した。佐助は小首を傾げ、政宗の顔と木の根元とを繰り返し見た。やがて合点がいったらしい。 「死んだの?」 政宗は頷いた。そっか、と言った佐助は合掌しようともしない。 空之介は、佐助が消えて一年ほどで死んだ。庭の片隅で冷たくなっているのを小十郎が見つけ、政宗は何も言わずに木の根元に埋めた。その時は寂しかったのかもしれない。空之介は薄情な元主とは違い、甲斐甲斐しく政宗の心を癒やしたものだ。 空之介が死んだので、てっきり主の方も死んだのかと思っていた。あの可哀相な忍が最期の瞬間に自分を思って死の恐怖に怯えたのだとしたら、それはそれで政宗の気は済んだ。 が、目の前の変わらぬ姿はどうだ。 「じゃあ寂しかったね」 「どの口が言うんだ…」 「この口」 ぐいと顔を寄せた佐助にギクリとして身を引くと、佐助は思いの他楽しそうに、しかし奥にはらんだ寂寥感を伺わせながら、静かに笑んだ。 「年食ったね」 当たり前だ。不惑まで数年を切り、まだ衰えこそ明確には感じないものの、以前と比べればやはり若さは失われている。 「竜とて不死の化けもんじゃねえからな」 「そう?でもその眼だけは変わらない」 うっそりと笑う佐助が気に入らない。 本当なら、この忍は主と共に九度山に落ちて動けぬはずだ。いや、佐助ならいくらでも各地を行き来できるのかもしれないが、それにしても、なぜ、今…。 「あ、そーか」 「ん?」 「お前、化けて出やがったな」 「はあ?」 佐助の頓狂な声にも動じず、政宗はそーかそーかと言ってしきりに頷き、佐助を眺め回した。 「なるほどなあ。まるで生きてあるようじゃねえか。で?今わの際の言葉でも言いにきたか?」 「ちょっとちょっと!勝手に人を殺さないでくれる?あんたそんなに信心深くないっしょ!?」 「死人に口無したあ嘘だな。おら、どうした、なんでも聞いてやるよ。俺も鬼じゃねえ、幽霊相手に文句は言わねえさ」 「あのねえ…」 呆れたため息をついた佐助はしかし、政宗の揶揄するような口調とは裏腹に、その独眼が縋るような暗い光を帯びているのに気づいた。 今度は佐助がそうかと頷く番だった。 佐助はいつかのようにへらりと笑った。あるいはそれはあたかも幽霊の如き儚さだったかもしれない。 「……あーもう、やっぱあんたは相変わらずだわ。俺様がこの世で一番苦手なお人だよ」 ようやく気に入った。 政宗は貫禄だけは昔と比にならない、不適な笑みを浮かべ、佐助の頭をぐしゃりと撫でつけた。 「涼んでいけ、亡者」 「……そーいや夏ですねえ……」 今しがた思い出したように、幽霊はらしくもなく頬に汗を一筋垂らした。 |