雑記ログ集その1 フライングすぎる松永×政宗妄想 「希有な目をしておるな」 久秀は政宗のあたかも蛇の如き瞳孔を持った独眼を覗きこんだ。もっとよくのぞき見ようとその手がおとがいに伸びたが、逆に政宗に捕らえられた。独眼が怒りとも闘志ともつかぬ火に燃えている。それが久秀には心地よいらしい。かえって顔を寄せて、鼻先が触れるほどであった。 「俺もアンタの収集対象かい」 政宗は低く唸る。久秀は老齢とも思えぬ甘い声で、 「むしろ貴殿からは奪い取るほうが興であろうの…」 と囁いた。暗に小十郎を指したその言葉が、政宗に冷静さを取り戻させた。久秀の腕を解放し、元の通り不敵に笑んだ。 「やれるもんならやってみな。本当に俺が壊れもんかどうか」 「ほう」 久秀は豪も動じない。弧にした口元を絶やさず、政宗の心内を無遠慮に弄っているようであった。 (同じ性質か…) と、互いに感じている。 「おもしろい。それが強がりかどうか確かめるのもまた一興…が…」 久秀は揺らめく瞳に政宗を映したまま、いたずらを思いついた餓鬼のように、にやにやした。 「我等は腹の底で惹き合うであろう。わしと共に来ぬか、政宗」 「…なんだと」 「互いに壊し尽くしてしまうよりは、手を取り合う方がよかろう。なあに、だからと言って気を遣う必要はこれっぽっちもない。ただ欲のまま、利益のまま、利用すればよい…」 「Ha!らしくもないおべんちゃらはいい。……無防備に竜の巣へ踏み入れる度胸がアンタにあるってのか?」 抗する政宗に久秀は、今度は腹の底から大笑いした。 夏の陣妄想その1 「ああ、佐助」 評定が終わったらしく、陣に戻ってきた幸村は一番に佐助に声を掛けた。佐助は主人の姿を認めて目で評定の結果を伺った。幸村の顔は仄かに赤い。総大将秀頼から、諸将に振る舞いがあったのだろう。酒が好きな人だが、すぐ顔に出る。 「戦場は俺が言ったとおりだ。片山、玉手のあたりになる」 「国分村に兵を進めるんですね」 「ああ。反対もない。手はずは整っているか?」 「無論」 佐助は少し笑った。苦笑のようにも見える。 会議はほとんど幸村の思ったとおりに進んだようである。無理もない、と佐助は思う。家康の得意とする平地での野戦を避け戦うには、もはや幸村の提示するような方法しかない。でなければまともに徳川家康とやり合うことなどできないし、歴戦の諸将たちもそれはよくわかっている。そしてこの作戦が他に比べてまともだというだけで、戦自体はほとんど絶望に近いものであるということも。そんな事は佐助も幸村も、九度山より呼ばれた時から知っていた。 「一族の事を」 幸村の声は明るい。不思議だった。一瞬、主は自棄になっているのではないか、と疑うほど、カラリとしており、淀みがない。 「考えずに戦えるというのは、なんとも小気味良い」 真田信幸は徳川家康の傘下で、大阪方を待ち受けているはずである。どちらが勝っても結局真田家は生き残る。悲痛と言えば悲痛な深謀遠慮が、父の存命よりあった。二人は関が原の戦いでも一度袂を分けている。 だが、秀頼に従う牢人大名達の運命は、戦いの始まる前から決している。その上での「小気味よい」との言葉なのだから、もはや幸村もこの戦いで自決か討ち死にする以外はないと覚悟を決めている、そう受け取ってよかった。だがそれにしても明るすぎて、悲愴さは欠片も見当たらない。 佐助にはそれがある種の健気さのようにも映るが、平素の幸村らしくはない。 その開き直ったような態度とは打って変わって、作戦は実に緻密に練られていた。相手がどう出てくるか、自軍はどう応じたらよいか、講ずべき策はなにか。その一挙一動の采配の全権を、今回幸村は任されていた。しかも後ろ盾は、亡き太閤殿下の忘れ形見であり、負け戦とは言え、幸村にすれば一世一代の晴れ舞台とも受け取れよう。今まで日の目を見なかった知略と武勇が、ようやく発揮される機会だ。 (そんな簡単な楽しみから来るこの声ではないだろう?) 幸村はそう単純な男ではない。幼少よりの人質生活、家の不安、関が原での猛戦、そしてそれ以後の九度山での閉鎖された生活により、幸村の性格は非常に複雑に形成されている。 「これは負け戦だよ」 幸村の性格をわかっていながら、敢えて確認せずにはいられぬほど、幸村は不思議と陰鬱さを感じさせなかった。幸村は「うん」と頷く。実に素直な態度である。 「だがまさか、大将が『負け戦』と称して兵士に死ねとは言えまい。佐助、今の俺は佐助にどう映る」 「俺からしてみると、明るすぎるくらい、明るいね。何かどんでん返しの秘策でもあるのかと思うほど」 言ってから佐助ははっとした。何の事はない、ただのはったりではないか。幸村は目を細めて笑っている。まるで自宅の縁側で、鳥でも眺めているかのような表情である。 「それならいい」 曇ってきた空を見つめながら、今のうちだからと、幸村は兵たちに食事を取らせるように言った。あるいはこれが最後の晩餐になるかもしれない、そんな言外の意味は微塵も含まれていない。明日も明後日もその次も、いつまでも忙しく戦をするのだというような、奇妙な前向きさである。 佐助はむしろそれに不安を掻き立てられた。平素、武将としては変にはったりの苦手な幸村を見てきている。それが今になって、今自軍の陣幕の中心にいる男は本当に真田幸村だろうかと、その変化についていけない。 何も不安な顔をしていろと言うのではない。だが本当なら、幸村はいつも佐助に苦言の一つや二つは言わせたくなるのである。むしろその性格の複雑さに似つかぬ程の素直さが、幸村を名将と言わせても、政治家や策略家とは言わせない由縁であった。不安は焦りに変わった。死を今までになく間近に感じている忍びの、特殊な焦りだ。 (今更!) そんな器用な真似をして見せるな。いや、幸村とて九度山でさんざ考えたに違いない。再び戦が起こり指揮を取るならば、自分がどうあるべきか。あるいは父昌幸や兄信幸がそうであるように、大将として常に兵士を鼓舞する立場でなければいけない。そんな志から苦手なはったりまでしようと思うのは、真面目な幸村なら考え付きそうな事である。それはそれで、主の成長として佐助は喜ばしく思っただろう。 (だけど今旦那の前にいたのは俺であって、兵士じゃない) 今までずっと傍らに付き添い、手足となって働いてきた自分にまでそんな態度でいる必要はないではないか。しかもそれがよりにもよって、最後の戦の時とは。 「旦那!」 思わず大声を張り上げた。幸村はびっくりして振り返り、佐助のその顔を見て更に目を丸くする。 「なんて顔をしておる、佐助」 幸村は駆け寄って佐助の顔に触れようとした。手首を掴んでそれを妨げると、幸村の襟首を乱暴に掴み引き寄せた。ますます幸村は目を大きくして、佐助のその必死の顔を見る。 「あんたが何考えてるのか、俺は大分わかるつもりだけど」 努めて冷静を装っているのは、恐らく第三者の目にもわかっただろう。佐助は忍びでありながら、なかなか感情を捨てられない嫌いがあった。声が震えている。 「それは、一体どういう料簡なの。こんな負け戦の、こんな狭い陣幕の中で、そんな下手くそなはったりかまして、一体俺はどう受け取ったらいいわけ?」 「佐助」 困惑そのものの声である。まさか佐助がこんな所で激昂しようとは、夢にも思わなかったのだろう。 「何度だって言うけど、俺は今まで旦那のためだけに働いて、旦那の誉れだけを思ってきた。これからだってそうだよ。これから、自分の持てる力の全てを、全部、全部、旦那に捧げる。俺のすべてを、旦那にあげる。でも悪いけど、俺はその分の見返りもきっちりあんたに求める。それがなんなのか、旦那はきちんとわかってんの」 「そ、それは、信頼だろう。わかっておる。なぜだ、なぜそんなに怒る」 怒り?違う。佐助は頭を振った。なぜ伝わらないのか、不思議でならない。佐助のあまりの剣幕に、もはや幸村は先程までの軽さを保てるはずもなかった。佐助がこうも自分を責める理由がわからないのだ。 「信頼だとわかってんなら、どうして今、よりによって今、旦那は俺を信用しない」 その言葉に今度は幸村が声を張り上げる番だった。 「聞き捨てならぬ!俺は誰よりも佐助を信用しておる!それを信じられない佐助こそ、今俺を信用していないのではないか!」 「口ばかり達者になって、やっぱり旦那はいつまでたっても弁丸様のままだ。あんた俺が今大声出して引き止めなかったら、いざ出陣した時にもあんな笑顔で俺に接するんじゃないの」 佐助は幸村から手を離して、突き放した。大凡主に対して許されていい態度ではない。その世間一般常識を通り越した態度こそ、二人の絆をよく表していた。しかし、それがこんな些細なことで崩れかけているのではないかという焦りが、佐助を酷く狼狽させていた。 夏の陣妄想その2 ※死ネタ注意 補足:大阪夏の陣、徳川本陣まで迫った幸村と佐助、傷つき敗走したその後の一瞬。本陣の一番近くに配されていたのは、伊達軍でしたな話。 「死ぬるな、佐助」 枯れ草が頬にあたり、本当ならちくちくした痛みの鬱陶しさにこれをすぐ跳ね除けるのであろうが、今の佐助にそのような気力も、もとより痛みを感じることすら、なかった。であるから、幸村の弁も頭の斜め上をすうと掠め通り、なんとなく意味を取るのが精一杯であった。 無理なことを言う。佐助は自分の腕がもがれていることを知っていた。血が失われていた。幸村を守り、徳川家康のもとへ辿り着くために、後生大事にしてきた様々なものを失っていた。 「死ぬるな……」 幸村は立ち上がろうとしている。その手から二槍は終ぞ離れぬ。佐助から離れた右腕よりも、幸村の槍は協力に幸村の手と繋がっているらしかった。 「………」 どこへ、と言ったつもりであった。もういいではないか。地面から足を踏み外しながら、なおも立ち上がる幸村を、最早佐助は見ていたくなかった。武士らしくありたいというのなら、腹を切ればよいではないか。負けが悔しいというのなら、今は休んでおけばいいではないか。たとえこれが最後だったとしても、幸村が血を吐きながら立ち上がる道理はないはずだ。 だから常の通り、これを諌めるのは佐助の役目のはずであった。 だのに、どこへ、とは大概おかしなことを聞いたものである。二人して戦場を駆け巡ったのは、当然行き先があったからではないか…。 片膝を立てた幸村は佐助を振り返りもせず、どこへ、か、と、佐助の言を復唱した。ぜえぜえ息を吐く喉はとうに枯れ切ってしまったであろうに、まだ声はしっかりしている。 「佐助」 「はいよ…?わかった、わかった、……今、おれも、」 「おれの、いくさきは、な……」 「……?」 腕にも足にも力が入らず、言葉どおりに立ち上がることのできない佐助は、なんとか半身を翻して、幸村がどうやら笑っているらしいことに気が付いた。背に土の柔らかさを感じる。目だけ向けると、青い空に赤備えがおぞましいほど映えていた。 「おれの、いくさきは、な、佐助……」 (……ああ、) はは、と笑い声をあげた主に、佐助はうかとして、涙を流した。これまでなにものにも心動かされなかった忍びは、さいご、主の本意を知って、涙を流した。 徳川家康など最初からどうでもよかったのに違いない。九度山に追放され、ふつふつと沸き立つものを、幸村はじっと堪え、此度の機会に、またとない運命を感じたのに、違いない……。 (竜) 主はただ一人の名を呟き続け、佐助を置いて、ふらふらと、行ってしまった。 (アンタを許さない) 佐助は目を閉じた。あの眼が浮かび上がる。なぜそう人に己を刻み付けて止まないのか、なぜ……。 (アンタを、俺は……) ばたばたと騒がしい音がした。佐助を見下ろして一言二言、囁き合っている。それが自軍か連合軍か、それとも本当に生きたものであったのか、判断しかねた佐助はぼんやり考える。 竜とて、必ず、戦場で落ちるのでなければならない、と。 それがさいごの考であった。 夏の陣妄想その3 ※死ネタ注意 補足:もし佐助が政宗の所へ辿り着いていたらIF。 「あはっ!頼むから、消えてくれよ」 心底楽しそうだと思った。なにが楽しいのかは知らない。政宗はなにも楽しくなかった。真田の忍びを一人斬ったところで、胸にいつまでも燻って消えぬわだかまりや、たまらない衝動が、消えようはずもなかった。だがこの忍びは心底楽しそうだ。なにが楽しいのか、考えた。 こいつは戦場が好きなんだ。心底好きでたまらなく、どうせなら大声で笑いやりたいほどで、人の腹といわず首といわずかっ裂いて引き摺りまわすことができたのなら、それで満足なのだろう。そういう姿が、政宗には見えた。よくわかった。よくわかるから不快で、なおかつこの忍びに同情した。消えろ、消えろ、消えてくれ、と喉を擦りきらせて言うほどに、忍びは、戦場が好きな自分、人間らしくありたいと思うこころ、相反する二つの自分が憎いらしかった。 その姿が、どれほどおかしいか、この忍びはわかっていないのか。政宗は目を見開いて、今一度この忍びをよく見ようとした。しかしどうしてもそれは、悲しいほどに体をもてあます、幼い獣でしかなかった。 「なあ、ダンナ!」 「黙れ」 なぜ、と考える。最初からこの忍びは、こんなふうではなかったはずだ。もっと自分をよく知り、知った上で、自分の上に虚構を積み重ね、その重い鎧を、軽々と扱っていたではないか。溜息をつきながら、仕方ないなと、諦観とともに人生を興じていたではないか。 それが誤認だったとは思わない。そういう忍びに、知らず自分を重ねていたのは、もう否定しない。そういう忍びを、こっそりと気に入っていたのも、口にしなかっただけで、ずっと前から自覚していた。嫌われようが否定されようが、自分の内にある確固たる事実さえあれば、それで満足だった。なにも期待せず、予想せず、政宗は、この忍びが、自分の目につかぬところでひっそり息絶えてくれればいいと、それだけを思った。 この忍びの死は、ある一つの政宗の死に等しかった。 「許さない。許さないよ、アンタがいること、俺は、許さない」 喚くものだ。いつまでも冷静にこの忍びが忍びであることを当たり前だと思っていたが、最期を悟ると、人は、こんなものか。今まで堪えに堪えてきた思いが、爆発してしまうものか。この忍びならむしろ、かっこ悪いと苦笑して、潔くあちらへ行く方が、しっくりくるではないか。 (それができないくらいの、…) 政宗は、いかにも自分が冷静にこの忍びを判断していることを、おかしく思った。今の自分とて、そのようなしおらしさは、保てていないはずであった。楽しくはない。楽しくはないが、空しくはあった。政宗を冷静にしているのは、一重に、その空しさであった。 最早己を欲し駆ける幸村も、食らうほどに幸村をたまらなく欲した政宗も、主のために死ぬると決意した忍びも、ここにいはしない。なにもいはしない。もう全て違ってしまっていた。 だからこそ、この忍びは、ここで殺さねば、収まるまい。 むしろ忍びも、そのことを望んでいるのではないかと、そんなふうにすら思う。しかしあわよくば、道連れにしたいのだろう。自分を許さぬと叫ぶのは、本心だろう。この忍びが、さいごのさいごに、叫びやって望むことだろう。この世から消えろと、単純に、思っている。 (なにが、まちがった) 一太刀入れた。骨に当たらなかったらしく、おもしろいほどすんなり、忍びの胸に刀が生えた。夢中であるから、もう自分がどんな行動をしてその一太刀に至ったのか、わからないほどであった。 (なにが、まちがったんだ……) もっときちんと、向き合えたはずだ。否、向き合わずとも、常に人と触れ合うときがそうであるように、互いに居心地のいい距離を保ち、そこに安住し、含みがあれど笑い合うことも、きっと、できたはずだ。それがまたとない、好敵手のそばに仕えるものであるのなら、なおさら。まちがいなど、ありようがなかったはずだ。 政宗は自分で思っている以上に、この忍びが好きだったと、思った。 「あはっ、あはは、は……」 忍びは笑う。政宗は、自分でもわけがわからず、とにかく喉から咳き上げてくる気色の悪い感情を吐き出すように、ひたすらに叫んだ。怒っていたのかもしれなかった。忍びに、ふざけるな、と、怒ったのかも、しれなかった。 ふざけるな!ふざけるな!……ふざけるな!死ねっ、死んじまえ! 陳腐なものだ。怒声も罵声も、戦場には無様であって、しかも似合いであった。刀を力のままに抜いた後のことはよくわからぬ。笑いながら、憎憎しげに見つめてくる忍びが忌々しく、心底、ずたずたにしてやりたいと思いながらもそうしなかったのは、単に、もう気力がなかったからであった。血が熱いと思ったのははじめてだった。 全身が疲労に悲鳴をあげている。 「こんなふうに殺すのは、な……」 喉に刃を突きつけながら言う。 「おまえが、さいごだ」 自分が泣いていたことに気付いたのは、忍びを殺し、なにも聞こえなくなり、じきに烏が腸を啄ばみにやってくるのに気付いてから、もっと、ずっと、後のことであった。 友人リクエスト現代パロサスダテ・キッズリターン風 猿飛佐助にとって、伊達政宗は最初、いわゆる「すんげー嫌なやつ」だった。 人をおちょくって楽しむような言動、皮肉ったらしい笑顔、どこからやってくるのかわからない自信、ひねくれまくった性格、全てにおいて、佐助は、 「うわっ」 と思って、毛嫌いしていた。 だというのに、その政宗を自分の自転車の後ろに乗せて坂道を気持ちよく下りているのは、きっと何かの間違いに違いなかった。 そうだ、と思い返す。だって真田の旦那がこの人を、生涯の好敵手である!!とか、そんなことを言って、なんだかんだとつるむから仕方ないのだ。だって俺は、真田の旦那の親友なんだし。友達の友達と仲良くしましょうって道理はないにしても、友達のライバルとはどうなんだろう。 「おとなしく見守ってるだけのはずだったんですけど……」 「Ah?何か言ったか?」 幸村の家と、政宗の家は近い。近いということを、高校生になって初めて知った幸村が毎日押しかけて、一緒に登校しよう!と息をまくのに、そう時間はかからなかった。そこに付随している佐助の存在は置き去りにされたまま。 そして帰りも一緒かといえば、実はそうではない。幸村が部活動に勤しむ中、残りの二人は帰宅部であった。 「なぜ二人とも部活動をせぬのだ?もったいないぞ!剣道部に入らぬか!」 「「めんどくさい」」 とはもった時、お互いいやそーな顔をしたものだ。妙な所で共通点があるらしい。 幸村という仲介をなくした二人が一緒に帰る必要もないだろう。そう思って自転車のペダルを踏み出した所を呼び止められてから、もう何ヶ月たったのだろうか。 「げー…なんですかー伊達くん……」 「へえ、ご挨拶だな。ちょっと急ぎの用があんだよ、後ろに乗せてけ」 えー、なんですかそれ。俺と仲良くなりたいなら素直にそう言えばいいのにいー、と冗談めかして言い、スパーンと頭を平手打ちされてから、 「……そうだ四ヶ月……」 時期夏休みがやってくる。早くも蝉がじーわじーわ鳴いていて、とても勉学どころではない。暑さに頭が沸きそうだった。自転車無しではやってられない。 「……おーい……さっきからなァに独りで呟いてんだー」 「えー…?そりゃあアンタを乗せて自転車こいでる自分がわからないからですよー。大体何?アンタって結構ちゃっかりしてない?自分の自転車あるくせに、毎日俺の自転車にタダ乗りしてくれちゃって」 「バカお前、そりゃ幸村に言えよ。俺だってできるなら自分の自転車に乗りてーよ」 それができないわけは一応ある。毎朝幸村が、学校まで競争しようと持ちかけるのだ。(それを佐助が後ろから自転車で追いかける) 確かに持ちかける方も持ちかける方だが、乗る方だって乗る方だ。責任は同じのはずだ。 でもそれを追求したところで、自体が好転するわけでもないので、佐助は言い返すかわりに溜息をついた。 道は海沿いに出る。今日も盛んに船が行き交い、太陽に照らされた海面が乱反射してきらきら輝いている。ここの堤防を吹き抜けてくる潮風は、いつも気持ちがよかった。 あれ、黙ったな、と思いちょっと後ろを気にすると、突然腹の辺りを締め付けられた。当然締め付けているのは、佐助の腰にまわっていた政宗の腕だ。 「ぐあっ!!ちょ、ちょ、やめ……くるしっ」 たまらずブレーキをかけて止まると、腕はするりと離れた。はあはあ肩で息をする佐助が文句を言おうと振り向くと、そこに政宗の姿はない。きっと前へ向き直ると政宗が腕組して、にやにやしていた。絶対にろくでもないことを考えている顔だ。 「あのね!危ないでしょ!?」 「まあ落ち着け。要するに、お前ばっかりがこいでるのが気に入らねえんだな?」 「気に入るわけないじゃん。金取りたいくらいだね」 「金はやれねえ」 「けち」 「けちで結構。じゃ、俺がかわりにこいでやるよ」 な?と言って、政宗はペダルに足をかけた。ただし向きが逆だ。政宗は佐助に向かい合い、ハンドルに背中を凭れさせている。 「……それじゃこげないでしょ」 「Do you think so?こぐんだよ。ほらアレだ、なんつったかな……」 あ、そうだ思い出した、キッズ・リターンみたいな。と、すっきりした顔で言われても困る。そんなタイトルの映画は確かに知ってるし一回くらい観たような気もするし確かにそんなシーンもあったが、 「……俺様に曲芸やれっていうの」 「Yes.だから俺がこぐから、お前舵取れ、な。器用が自慢なんだろ?」 そんな挑発的に言われて乗るような簡単な性格はしていないよ、真田の旦那じゃあるまいし、と佐助が思っていると、いつの間にかすっかりペダルをこぐきまんまんで、佐助の両腕の間へ身体を移動させた政宗は、器用に身体を浮かせて、ハンドルを後ろ手につくと、ぐいっとペダルを押した。 「ほら早くしろ」 「うわ、わ、ちょ、待てってバカ!」 その力が思いのほか強く、地面を踏んでいた足をよたよたと動かしてしまうと、あとは政宗のペースだった。どんどんペダルをこぎまくるので、佐助はバランスを取るのに必死だ。当然目の前には政宗の腹があるので視界は狭く、うまくハンドルを動かせない。 「Ha!すげ、一発でやれるとは、な、……うわっ!」 バランスをくずしかけた政宗の手が、佐助の肩をつかみ、ぐらりと身体が揺れる。 「ちょちょ、ちょ、動かないで!前見えないんだから!ってアンタも見えてないじゃん!だめじゃんこれ!」 「なあに言ってやがる、おい、だからさっさと足、曲げろ。ほら、そうだうまくやれよ」 「無茶言わないでくれる!?大体あんたの腹が邪魔で…むぐ」 勢いあまって、政宗の腹に頭突きをかましてしまった。それでも倒れないのは、佐助のずばぬけた運動神経のおかげだろう。自転車自体はあっちへふらふら、こっちへふらふら、車の通行量が極端に少ない道だからこそなせる芸当であった。 「はは、は、踏ん張れ佐助ェ!あはは!!」 「あははじゃないっつーの!!つーかこれ、大変なの俺のほう……」 ぱっと顔を上げると、今まで見たこともないくらいの笑顔をした政宗とまともに視線がかち合い、ひゅっと息がつまるような、全身の血がのぼるような、奇妙な感覚を覚えた。舌打ちをする。 「……っとにもう嫌なやつ……」 頭が沸きそうだ。 「なァんか言ったか?うわっ、おいこらっ!しっかりバランスとれバカ…!?」 「っぎゃー!!」 ガッシャーン、と盛大な音を立てて見事に道路へ散開しても、しばらくは、二人の転がるような笑い声だけが波と一緒に吹かれていた。 |