雑記ログ集その6 さすだてのみ ※題字をクリックすると本文が出ます クリック出来ない方はこちら 先生といっしょクリスマスの話 町はクリスマスモード一色、一体いつからの便乗なのか、調べてみたところ松永久秀とかいう戦国武将がクリスマスの日に戦を停止したのが始まりだとかそんなデータが出てはきたものの、まさか彼の梟雄も日本がこんなお祭り騒ぎを始めるとは予想だにしていなかったに違いない。 無事大学一年の年を越そうという猿飛佐助が「信っじらんない!」と携帯越しの相手に叫んだのは、そんなお祭り騒ぎがヒートアップする二十四日ではなく、その前々日のことだった。 なにせその日は佐助にとって聖夜だか性夜だかわからないイブよりも全然重要だった。お父さんよりも好きな人ができちゃったの、と言わんばかりに惚れてしまった元担任の伊達政宗先生とお付き合いを始めた日なのだから仕方がない。これが会わずにいられようか。 だというのに、当の政宗は平然と、 『その日は仕事』 と告げたきりぶつりと携帯を切ってしまった。ぷー、ぷー、と虚しく鼓膜に響く音を聞き、既に向こうに聞こえる筈も無いとわかっていながらの叫びは悲痛以外のなにものでもない。 大学受験も無難にこなし、地方に行く事も無く一か月に二、三回は会うことを繰り返し、晴れて二年もお付き合いできているというのに、その喜びに浸らせてはくれないのか。我ながら女々しいとは思いつつもスケジュール帳にしっかり「二周年」なんて書いてしまっているあたりもうこの乙女脳からは抜け出すことができないのだと思う。 大学生の佐助は丁度冬休みに入ったばかりというわけで、信幸さん恒例の「冬休みくらいお休みして青春満喫してね」的気遣いも功を奏しバイトも無い佐助は至極暇だった。 政宗と会うことの出来ない休日に何の意味があろうか。そんな健気なのだか自分に正直なのだかよくわからない事を思いながら佐助は携帯を握りしめたままぼすりと敷きっぱなしの布団の上にダイブした。 拗ねたっていいはずだ。 「……何だお前その顔」 「何でしょうね」 そんなこんなで日付は二十五日になっていた。数週間ぶりに見る悔しいがそんじょそこらの野郎なんかよりは全然整っている顔を「何だ」と言われてしまう程の仏頂面で眺めているのはなぜかお洒落ないかにも政宗の好みそうな、つまり政宗のホームのような喫茶店だった。 案外甘いものを好む佐助はほかほか湯気の立つカフェモカをいただきながらひたすら不機嫌を訴えている。一方エスプレッソなんぞを飲んでいる政宗は悠々と優雅に午後のコーヒーをいただいている風でそこがまた腹が立つ。 ビスコッティでございます、なんてクリスマスにも関わらずいい笑顔で働いている可愛いウェイトレスさんを思わずナンパしたくなってくる。というのは結局政宗に嫉妬してもらいたいからだなんていうのはこの際置いておくとして。 「先生ってほんとたまに酷いよね」 「だから何がだ。俺の方が忙しいことなんざ今に始まったことでもねえだろう」 「…………馬鹿」 そうじゃないのだ。忙しいのもなかなか会えないのもこの二年間で重々承知している。だからこそと言うべきか、せめて一言こちらを気遣ってくれてもいいではないか。政宗にしてみればクリスマスにこうして時間を作れたというのに何の文句が、というところなのかもしれない。 昔は一週間記念だって覚えていてくれたのというのに。 「お前はほんとたまにわけわかんねえな」 「俺様的には日付ってわりと大切なんです」 「女か」 「先生が男らしすぎるんだと思う」 「……嫌なら別れるか?」 カフェモカを含んだ途端そんなことを言うものだから、佐助は吹き出しそうになる中身をぐっと飲み込んだために思い切りせき込んでしまった。盛大にげほげほ言う佐助を何処か心配そうに見るのは政宗では無く周りの何の関係もないお客さんだったりウェイトレスさんだったりする。 政宗がそんなことを言うのは初めてだった。冗談でもそんなことは言わない人なのである。 「や……やだ」 殆ど無意識に口をついて出た瞬間、政宗はにんまり笑った。嫌な笑みだ。 「俺も嫌だ」 「……もお先生ほんとやだ……」 わっと顔を覆った。 にやついた顔を隠すためだ。 とは言えこんな不意打ちの攻撃でちゃらにされてしまうのも癪だとかで、結局世間の波に便乗してその日の夜はきっちり見返りをいただいたとかいただかないとかはまた別の話である。 佐助独白な佐助→伊達 つくづく人に楔を打ち込むのがお上手なお人だと思います、それは屹度領主としての国主としての特殊なお人としての性、私如きの空虚なこころにすんなりと入りこむのですからそれはそれは、民のこころも凄まじい程に掴んでいたのだと思います、そう思わないとやっていかれません、というのも、まるで私とお話になられる時のあのお方は私になど目もくれず、威風堂々としていらっしゃるにも関わらず、その眼差しは、そう、あの一つっきりしかない左の御目目の眼差しでございます、それは私を確りと見て見て見据えて恐ろしいほどに、此方を見透かさんばかりの強さなのでございます、あなおそろしや、それは逸らすことすら許してはくださらぬほどの、一つ目だからこその、あの若さだからこその、焦げ付くような熱さを携えたそれでございまして、あんな目で捉えられましたならば、一体誰が逃げだすこと叶いますでしょうか、いえ、いえ、私めにはそんな、いっそ出来たのは刃を向けることくらい、その時、はっと思い至ったものでございます、ああ両極端な人、屹度そんな目を持ったばっかりに、敵か味方かしかあらぬ、哀れな御方、人ならざる御方、人になりそこなった竜のなりそこない、そんな御方の懐に一体誰がありましょうや、それは屹度一生涯無理なご相談の、そう、だから哀れを抱きましてございます、私はあの方の敵でした、幾度も刃を向けました、お命奪いたてまつることのみは叶いませんでしたが、今となってはそれでよかったのだと思います、それは、この世にあのような極悪人も必要という条理をほんの少し知ったから、今となってはの、ほんのお笑い話に過ぎません、たとい今でも雨の日になると腹傷がじくじく痛もうとも、それも道理の関係でした、ええ、はい、そうでございますなあ、もし一つ叶うのならば、いいえ、お命などいりません、それは私の手に余る、ええ、私は、 (一つお言葉だけが欲しかった、悲しい程の、似た者同士の、) (私のことが、私がそうするようにお嫌いだと、言ってくだされば。) さすだてエロ試作品※18禁 恐らく、女相手ならばこれはまた全然違うのだろうと、佐助はさっきから上に乗って動いている人を眺めていた。白檀が香って至極落ち付かない、ただ、冬にも関わらずむっと籠るような暑苦しさは嫌いではなかった。可笑しいな、と思う。こんな四畳ばかりの、狭すぎる部屋に閉じ込められて、否、これは心持の問題に過ぎず、実際には引っ張り込まれた、が正しいにしても、そこで何故交わらなければならないのか。 香は、だから、ずっと腰を振っているこの人の、あまりにも乱雑に、適当に脱いだ着物から香っていた。勃たせている自分もどうか。佐助は短く息を吐いた。それよりも目の前の、政宗の息はもっと荒かった。女でも男でも、突っ込まれる方が苦しいらしい。気持ち良いのかもしれない。 「あ、」 と、短いような、それでいて尾を引くような、どちらにせよ普段間違っても聞けはしない声が彼から上がる度に、背筋がぞくぞく震えた。いけないな、と思う。二度目があったら面倒だ。 (俺も何かした方がいいかな、) 等と考えていた。煽るのも、脱がすのも、腰を振るのも、全部政宗に任せてしまっていた。勃ったからちょっと来い、という色気も何も無い誘い文句で引っ張りこまれたのだから仕方が無いにしても、見上げた相手が余りに懸命に見えるものだから、そんな気も起きる。それでもただ任せて好きにさせておいた。 「ひ、」 と、突然、怯えるような声を出してしまったのは、佐助の方だった。首を絞められたのだった。貫いているのはこちらなのに、間断無く動いて息を荒くしているのはあちらなのに、まるで生娘がそうするように、震えるように肩を寄せて、やめてやめてと叫ぶ代わりに相手の腕を掴んだのは、佐助の方だった。苦しい。それと、怖い。こんな人を上に乗せなどしなければよかった。腕を縛りつけて、腰を無理矢理引き寄せて、顔など見ずに、後ろからただ尻を打ちつけてやればよかった。 こんな、おぞましい男を上に乗せるだなんて! 体位が悪かった。そう思って顔を逸らすようにして目を閉じると、政宗は目敏く、瞼の上をがりりと噛んだ。 「あ、あ、」 「い、いたい、って、」 「…あ、う、…」 頼むから、与えるのは快楽だけにしておいてくれ。佐助はそんな気持ちをこめて、絶え絶えに言葉を紡いだ。政宗が震えた。射精したらしい。それでも暫くはゆるゆると腰を蠢かせて、佐助が同じように震えて放つまで、上から退かなかった。 気付くと佐助は泣いていた。こんな男の中を弄らなきゃならなくなるなんて、と思うと、涙が止まらなかった。餓鬼のように嗚咽を漏らすと、政宗が笑った。 「馬鹿が」 と言って、笑った。甘くなんてない、ただ、策に溺れた兵を見下げて呆れるような、嘲弄するような、しかしそれとも少し違う、そんな言い方だった。顔を赤くしているのはそちらの癖に、ずっと善がっていたのはそちらの癖に、政宗は笑った。 「ひでえ」 やってられなくて、佐助は両腕で顔を覆った。お互いの腹にかかった白濁が、どろりとして気持ち悪い。そういえば、どうして政宗は勃ったのだろう。大方くだらない理由に違いない、違いないけれど、どうか、俺が理由ではありませんようにと、佐助は祈った。二度目なんか、絶対に御免蒙る。 「この阿婆擦れ」 せめて言ってやった。政宗は見計らったかのように、見せつけるように、佐助のものから腰を浮かせて身を引いた。ずるりと音がする。何を言ったってお前はこの中に種を植え付けた癖に、と言うように、大きな音だった。何故だろう。こんな風に男の上に跨ることなんて、この人は、ないだろうに。 政宗は着物も整えずに壁に凭れて、佐助を見下げていた。 「きもちいいな」 そんなことを言った。それは体が、だろうか。だったら佐助も確かに、快楽は得たはずだ。男はわかりやすいからいい、気持ちよければ証が出る。だから否定はできないはずだった。 「きもちわるいよ」 なのに、佐助はそんな言葉を返した。 (だってそうだろ、) こんな男の中身は、たとえ身体を介してだったとしても、見るのは、御免だ。 なのに、たまらなく気持ち良かった。政宗の善がる顔にたまらなく興奮した。笑うだなんて酷過ぎる。 だから佐助は泣いていた。 伊達×伊達なさすだて 戦の後のこと。 昔から夢は良く見る方であった。小十郎に言ったら、眠りが浅いのですね、と言われたもので、よく意味がわからなかった。夢は眠りの深いところにあるものだと信じて疑わなかった政宗であるから、なんだ夢は浅いのかと、変に落胆を覚えたものだった。ただ白昼夢のようなものもを思えばそれもそうなのかもしれぬ、と、そう考えているのは、夢の内のことであるらしかった。 目の前に自分と同じ姿をしたものが居る。 さても不可思議な。自分が眠っていたはずの布団を振り向いて政宗は微々と眉を顰めた後、仕方なしに縁側に座る己を享受し、彼と向き合った。 「御気分如何」 「まあまあの頃合いだ。アンタは俺かい、随分醜いツラしてやがる」 「夢か現か、感覚はどちらに?」 「現のような夢だから、結局夢には違い無い。そうしてふらふら立ちっぱなしでいられるのも気が散る、此処に来て座ったらどうだ」 Thanx,と彼は囁くように呟いて政宗の隣に座った。そうして見る庭は別段悪いものでも無い代わり、そわそわして落ち着きはしなかった。何をしに来たのだろ、と思うより先に口から出ていたらしい。 「予言も救いも与えやしねえさ。俺は俺以上の何者でも無い。それより先にアンタが何か言いたいのなら聞いてやろ。ほら」 「そんなら一つ。どうも俺はアンタを好きになれそうにない」 「フン。それでいいよ、自分を好きでいなきゃならねえ運命だ、こんな時くらい俺を嫌っても罰は当たらねえ。ということは、少し疲れてるんだな?」 「さあな」 「残念ながらそんなアンタに絶望的なお知らせだ」 「なんだくだらねえ、そんなもんいらねえよ、去ね」 何ぶん自分の事だから、彼が何を言おうとしているかなどよくわかる。戦の後のこと。 「あれはアンタのことが嫌いではないぜ」 嗚呼、と嘆息すると彼は居なくなっていた。幾分か腹が立っていたものらしい、傍の柱へ強かに拳をぶつけてみたものの、夢だからかぼんやりとした痛みしか返って来なかった。 夢で抱く人の体ほど心地の良いものは無い。政宗はそんなことを思うと、どうせなら今すぐ出現しやしないかと僅かに期待を抱いたが、それはもう、枕の上での意識のことであった。 「畜生めが」 事実が心安らげるという事実など、政宗はいらなかった。 霖雨の後の佐助妄想 任務が終わると雨が降ってきた。濡れてしまうな、と頭の片隅で考えながら佐助は、だからといって帰路を急ぎもしなかった。濡れたからといって血の匂いが落ちる訳でもなく、綺麗になるわけでもなければ、ただ足元が悪くなって良いことなど一つもない、と思うと、どうにも急ぐのもばかばかしくなった。 風が生ぬるい。鬱蒼とした森の中、地面の木切れを踏むと、ぱきり、ぴちゃん、と折れて跳ねた。空を見上げると丁度ごろごろと雷が鳴る。佐助は生来雷をいいものだと思ったことがなかった。里に居たころ、雷が鳴ると皆家の中で小さくなっていた。遠くで大きな音がしたかと思うと、翌朝、遠くの山一帯が燃えていたということがたまにあった。それほど強大な力を、自然を、佐助は恐ろしいと思えと教育されてきた。 故に、自然を操るような術は禁術になるのだとも。それは人間にどうこうできるようなものではないのだから、恐れ多いのだと。 思考がそんなところまで跳ねたかと思ったら、結局、佐助は独眼竜を思い出していた。あの雷は怖いな、と呟くと、今、奥州も雨だろうかと、そんなことが案ぜられた。 (案ずる?) 変なの、ともう一度呟き、佐助は森を抜けた。丁度雲の切れ目にさしかかったらしく、空の向こう側は青かった。後ろを振り返るとなんだかおぞましいくらいに暗く灰色で佐助は溜息を吐いた。誰もが笑って暮らせる世なんて、本当に、出来るのだろうか、と考えた。 雨というと、あの霖雨の日を思い出すようになってしまっている。自分の主に、幸村に、こっそり「それは無理ぞ」、と、耳打ちしてもらいたいような気分になってくる。それが偶像崇拝なのだとはわからない。なまじ周りが皆信じているからたちが悪い。 (俺にはどうにもできない) 光を消すくらいしか、と、思う。闇を作るのは存外簡単なことだ。日が沈めばそれでいい、なんなら、目を潰せばそれでいい。しかし炎のような煌めきも、雷のような輝きも、闇を打ち払い出でるのだと思うと佐助はなんだか虚しい気持ちになる。 奥州は今も雨だろうか。 (「俺」も笑って暮らせる世があるなら、聞いてみたい) 聞いてみたい。 そんな不特定多数の人間にではなく、と思い至った瞬間に佐助は恥ずかしくなり、あーあと俯いた。 |