数日前、仏顔の隈八の営む玉川屋で泥酔した佐助が眠りに落ちてすぐのことである。雨がようやく弱まり、そうするととても静かな夜であった。
 一度部屋を出た慶次は酔っ払い二人の声がなくなったので、またひょこりと戻ってきた。すると眠りこけた佐助を見下ろす政宗がいた。慶次は気配に敏感な忍者を起こさぬよう足音を立てずに部屋に入ると、政宗の横に腰を下ろした。
「忍びでも、人前で寝ちゃうことってあるんだな」
「あれだけ飲んじまえば、忍びも武将も関係ねえさ。――お前は別として」
 軽く笑うザルの慶次は、政宗のまだ佐助を見ていることに気付いていた。そしてその目が、最初に通りで佐助を見つけた時からちらちら輝いている事にも気付いていた。佐助は政宗を苦手意識しているらしいが、政宗の方はそうでもないらしい。だから慶次は政宗が佐助を誘っても何も言わなかった。
「さんざいじめちゃって、かわいそうに」
 誰がだ?と、ようやく政宗は慶次を見た。慶次は既に何度も政宗の酔った様子を見てきたが、政宗は酒が入ると普段持っている棘がほんの少しだけなくなる。そのくらいの政宗を好きであった。
「隈八はどうした?」
「向こうに布団敷いて、自分の部屋に戻ったよ」
「そうか」
 言ったきり眠そうに瞼を揺らしている独眼竜の茶色く焦げた芯の太い前髪に、慶次は触れた。いつもなら煙たく払われる手が、今日は簡単に髪まで届いた。政宗はなにも言わず、慶次が前髪を撫ぜるままにさせていた。そうしていると人形を愛でるようであった。
 ふと、くすぐったかったのだろう、政宗は笑って手を退けた。代わりに慶次の前髪に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと掻きまわした。慶次の髪は政宗と違い猫の毛のような柔らかさがあった。
「はは、いてて、いたいって、佐助が起きるよ」
 子供っぽい仕返しついでに慶次の頭をぱしりと叩いた政宗は、騒げば佐助が起きるという簡単なことに改めて気付いた様子で、クツクツ笑ったまま手を引っ込めた。至極機嫌がいい。その機嫌のいい奥州の殿は、佐助を運んでやれ、と言った。佐助は安らかな寝息を立てている。
 そっと背中と膝裏に腕を差し入れて持ち上げてみると、佐助は恐ろしく軽かった。それを政宗に言うと、お前がバカみてえに重いだけじゃないのか、と揶揄する。しかしそれとばかりとは思えぬ心細い軽さは、忍者という存在の特殊性を思わせた。腕に綺麗に研磨されたような筋が通っているのが見えた。それと同時に慶次が思い出したのはねねのことであった。慶次は一度こうしてねねを抱き上げたことがあった。
 隣室に綺麗に敷かれた布団の上に佐助を横たえるとその口が微かに動いた気がして耳を近づけてみた。
「どうした?」
「なにか言ってる。寝言かな、よく聞こえねえや」
 政宗はおもしろそうに、しかし襲い来る眠さは消せずにいるように、佐助の顔を覗き込んだ。そうする政宗を覗き込むとすぐに気付かれて、今度は額をぱちりと叩かれた。大あくびを一つして政宗は布団に入らず壁にもたれかかるとそのまま目を閉じた。慶次はこのような姿でしか政宗の眠るのを見たことがない。それは政宗の信条であるらしかった。
 寝ないのか、と問われたので、寝るよ、と答えた。佐助の隣に敷かれた布団に入り頭を左に向けると丁度政宗の足があるので、政宗が佐助にしたように掴んでみた。こうして遊び半分に人に触れることを慶次は好むから、人からよく誤解されまた好まれもする。政宗は一体先程のじゃれあいをどう思っているのか知らないが、今日は機嫌がいいらしい。この時も怒る素振りもなく、なんだよ、と言ったきりであった。
「佐助を好きなんだな」
「そう見えたか?」
「うん」
「じゃあ、そうなんだろ」
「そーゆー言い方は、ずるいな」
「と言って俺には、」
 否定も肯定もできない、と続ける政宗に慶次はほんの僅か眉を顰めた。政宗は決して人に対しての好悪を見極められぬような鈍い人間ではない。
 だからこそ、政宗がこう言う時は必ずそのままの意味なのだ。と言って佐助を、
(どうとも思っていない…)
 というのでは、あまりに腑に落ちない。佐助を引っ張って酒を飲ませ、お前は人間だと言い聞かせた上似たもの同士だと名言することが、好意でなくてなんであろう?あるいは佐助が政宗を嫌うから、政宗は自分のみ好いているという事実を認めたくないだけではないか?
(否、そんな懐の狭い男じゃあないはず…)
 として、慶次はむっつり黙って政宗を見上げたまま、空間の静かなことを感じた。静かな部屋に政宗は溶け込むかのような色合いであった。今閉じられている独眼の奥にほの暗く滾る炎にこそ、慶次は魅力を感じているのだと言ってよい。
 慶次はやはり黙っていることができずにまた口を開いた。
「まあそれはいいよ。…佐助はなんだかおかしかったな。割りと仲良く喋ってるように見えたのに、」
 手を政宗のつまの先に落とすと、くすぐったいらしく踏みつけられた。慶次は手を引っ込めて、変な奴だね、と言って佐助の方に身体を向けた。慶次なりに二人の間柄が奇妙に思えてのことだった。特に親交が深いとも思えない、しかし打ち解けた様子ではある、なのに棘がある。
「忍者もいろいろいるよな。俺の知ってる子は、すごく一本気に主を恋してたよ。…見てるこっちがかわいそうになるくらいにさ。けどそうやって恋してるのが、その子の幸せだってすぐわかったから、応援してやったんだ」
 政宗は目を閉じたまま、
「お前らしいことだな」
「…けど、その子の主はもういない。病気だったらしいよ。…居場所、わかってたけど、なんだか怖くて会いに行けなかった。酷く憔悴してたら、なんて声かけてやればいいだろうってさ、あの子の気持ちは、痛いくらい、わかるよ、わかってたんだけど、さ」
 慶次の思っていることが政宗は手に取るようにわかった。いかにも慶次らしいことだった。
「それでも会ったんだろう」
「会った。…案外拍子抜けしたよ。そん時改めて、ああ、女って男が思ってるよりずっと強いんだ、って思った。それまで張り詰めた顔してたのが肩の力が抜けたみたいに穏やかで、それでいて主への気持ちが鮮明なままその子の中には残ってるんだ。…遺命があったんだそうだよ。俺なんかには教えてくれなかったけどさ、多分、主のために死のうとしてた子だったから、主はさ、生きる事を命令したんだと思う。自分が生きることが主の幸せだとわかって、だからあの子はあんな、…あんな、綺麗に笑うんだ。悲しくないはずはないのに、なんて強いんだろうって、だから俺は思った」
「そうか」
 政宗はなにも言うべきではないとわかっていた。
 それっきり沈黙が落ちた。ゆらゆらした意識の波に揺られる心地よさに任せていよいよ眠りにつこうとする時、沈黙を破ったのはやはり慶次であった。
「政宗」
「……寝ろよ、アホ」
 目をチラリと開けると、俯きになって肘を突き、政宗を見上げている慶次がいた。口元に笑みを浮かべていて、その目はなにかの本気を湛えていた。
「泥棒しない?」
 ひくりと政宗の口の端が釣りあがった。

 その翌日の佐助の言葉を頼りに慶次が真田家を訪れたのはしばらくしてのことだった。時を良くしたので、直々に出迎えてくれた幸村はしかしその嫌悪を隠そうとはしていなかった。幸村の後ろには佐助が控えている。苦笑していたのは、恐らく幸村の様子を申し訳なく思っていたのだろう。
 慶次は一向気にせず、
「団子食いにきたよ」
 と気軽に言った。慶次はこの時、幸村が泥棒話しを請け負ったことを政宗から聞いて知っていた。どう説得したのかまでは知らないが、慶次本人を目の前にしてもこの調子であるというのに、その慶次が提案した悪戯によく乗せたものだ。
 事実慶次が言うのは悪戯であったし、慶次もそのつもりで政宗に話しを持ちかけたのだ。忍びを探したのは、どちらかと言えばかすがにもう一度会うための口実を作りたかったのに過ぎない。かすがに会ったついでに忍びを手配してほしいと頼んだ、ということをあの晩政宗に話してみると、案外政宗は自ら交渉人を買って出た。それがまさか真田家を巻き込むことになるとまでは、想像が及ばなかったのだが。
「食ったら帰れ」
「じゃあゆっくり食べるとするよ」
「…これは失礼した、前田殿。早々に食べて帰られるがよい」
 こんな調子だ。
 佐助に仕事を依頼する以上、幸村の許可を得る道理はわかる。わかるがその困難も慶次は一番よくわかる。改めて政宗の、これは口車であろう、そのうまさに舌をまいた。慶次のみなら不可能な話しである。
 それにしても政宗は佐助が泥棒の手助けを頼まれることを知っていたわけではない。かすがに政宗が交渉にやってくると伝えると変な顔をしていた。その訳がわからなかったのであろう。だというのにそれを務めた偶然の不思議、慶次にはそれが政宗の佐助を気にかけた結果のようにも思われるのであった。
 この慶次なりの運命論をおそらく政宗は一笑して終わる。
「ほんとになんとか説得したんだな」
 慶次はこそりと佐助に囁いた。ずんずんと足音を立てて廊下を進む主の後ろで慶次と並ぶ佐助は、
「ま、次は無いって言ってたから、ちょっとでも騒ぎ起こしたら追い出されると思いなよ?」
「約束は守るよ。…こーゆー態度なのも、結局はこれからの俺次第ってことだし?」
 その酷く前向きな慶次の言葉に、佐助は音を立てて苦笑した。政宗と対峙していた時のような緊張はそこには見られなかった。以前真田家を訪れ佐助を殴った際に見た社交辞令とも違うし、二度目に会った時のはっきりとした嫌悪でもない。これが本来の佐助のような気がした。それは農民とは違うが武士にはない開けた明るさだった。慶次の好きな明るさだった。
 ある一室に通され幸村と対座するが佐助は下がって、しばらくしたら団子と茶を持ってきた。そして慶次と同じ下座に座る。佐助は何も喋らない。その空気の気まずさに、さしもの慶次も最初にどの句を述べるべきか少々迷った。が、その逡巡も一瞬であるのが慶次の慶次たる由縁であった。
「堅苦しい話しは無し、だけど、一応佐助を借りるってことで」
 これを聞いた二人は同時に声を揃えてそれぞれ、俺が貸した覚えはない!俺は貸し出された覚えはない!と言うのだから、思わず笑顔を作るしかなかった。佐助も複雑そうな顔をしているがそれはともかく、幸村の一層強くなった睨みが、慶次にはよくわからなかった。
「そんなに睨むなよ。気になってるんだけど、幸村さ、一体なんて言って独眼竜に説得されたんだい?」
 幸村は茶を一口啜った。そうしているとどこか老成した雰囲気のある幸村であった。
「何も、特殊なことを言われたわけではない。政宗殿の言うことに道理があると思ったから、無論俺も責任の一端を持って佐助を使うのだ」
「ははあ」
 慶次はまったくきょとんとして幸村をまじまじと眺めた。牢人の慶次はともかく、幸村は当主でないというだけで、真田家の次男としての役目と責任は重い。特に言えば、幸村は秀吉に気に入られているだけに、真田家の命運を握っていると言ってもよい。つまり軽挙はできぬ。
 それがどうして道理の一言で片付くものか?
「聞きたいもんだね、その道理ってのを」
 どこか訝しげな様子の慶次に、幸村はむしろ不思議を感じたようであった。
「事の発端は、お主だと聞いたが。協力すると言うのに、なにか気に入らぬのか」
「そういうわけじゃないよ。ただ、俺もまさか幸村が協力してくれるとまでは思ってなかったからさ。その訳を知りたいと思ったって普通だろ?佐助だって幸村の命令だから手を貸すんだろうけど、本当はそう乗り気なわけでもないだろ。佐助は知ってるのか、幸村の命令の訳を?」
 その佐助は慶次をちらりと一瞥して、笑っている。答えたのは幸村だった。
「佐助は知らぬ」
「言えないってえわけかい?」
「言えぬ。知らぬがよいこともある」
 それは端的に、慶次が言うのとは別の密約が政宗と幸村の間にあったのだと言明しているのに他ならない。それを悟れぬ前田慶次ではなかった。
 幸村は淡々としている。淡々としたまま、団子を頬張った。慶次もそれに倣って一口齧ると、仄かな甘みが口に広がって、それは乾いた口に少々辛い感じを与えた。ふと、庭に桜のあることに気付いた。
「俺は泥棒を持ちかけた。豊臣の金…主には軍事費用に消える金さ、それを俺は欲しい。それだけさ。幸村や政宗が何を考えていようが、別にかまわない。城に忍び込む手配だけを、確実に頼みたいんだ」
「佐助に任せておけば全てうまくいく」
 桜を眺めて二本目を食べる幸村に苛立ちは見受けられなかった。そのかわりその目は静かに憂うような光を帯びている。それは武将として物事を考える時の幸村の目であったのだろうか。どうやら慶次の発した悪戯は幸村の中で単なる悪戯ではないらしかった。
 慶次は一向気にしなかった。ただ、幸村も人を謀ることをするのだと多少の落胆を覚えたのみである。自らに利益がなければ幸村がこの悪戯を受け入れようはずもない。もしかしたら幸村は秀吉を暗殺する気でいるのかもしれないと考えた。
 佐助はただ黙って障子のあたりを眺めていた。そうすると佐助はいかにも忍者らしく春の生暖かい光と空気に溶け込んでいた。慶次はあの研磨された腕の筋を思い出していた。

 団子を食べ終わっても帰らなかった慶次はその代わり得意の話しを持ちかけた。するとようやく幸村に表情が戻ってきたので慶次は楽しくなってきたのだが、気付くと苛立ちまでもしっかり戻ってきてしまったようだった。幸村は最初と同じように顔を歪めながら、
「前田殿は恋以外することがないのか」
 などという。大凡妻帯者の言うこととも思えない。むしろ以前は一も二もなく破廉恥だとうるさかったから、そう言わなくなったのは妻帯者となった幸村ならではのことなのかもしれなかった。
 しかし恋以外することがないのかとはまた極端な話しだ。
「そんなわけねーじゃん。だからさ、俺は恋を最優先して生きてんの。他にも大事なことはそりゃいっぱいあるよ。けど恋が一番大事だから自然他の人のことも気になるわけ」
「…なるほど、それはわからぬでもない、が…。俺には恋を一番になどできぬ」
「なんで。人の営みの中で、一番自然なことじゃんか。男がいて女がいて、それ以上必要なことってないだろ。幸村だって、奥さんを好きなんじゃないの?」
 幸村は腕を組むと、ふむと唸ったきり黙ってしまった。慶次は呆れながらも、幸村の婚姻が戦国大名の大部分に漏れず政略的なものであることを思って物悲しかった。幸村の奥方への愛の不確かさが物悲しかった。決して慶次の考え方が新しすぎるのではない、あるいは幸村も極端に恋を人生から除外しすぎているのである。
 溜息を吐いて慶次は庭に出た。幸村は難しい顔をしたきり三本目に手をつけていたが、佐助は慶次の後をひょこひょこついてきた。手持ち無沙汰であるらしいのは、どうやら佐助の仕事の少なさにも由来しているらしいと慶次は見当をつけていた。
 治世が乱れれば起こるのが忍びならば、治世が安定すればやはり消えるのも忍びなのだ。世の中から表と裏の二面性がなくなることはない、しかし佐助以下の忍びの様子を見れば、今の秀吉の世にあって裏の世界は着実に面積を狭めているのだと言える。
 奇しくも慶次は仕事を失いつつある忍びに働きの場を与えたことになるのだ。戦を嫌う慶次であるだけに、それはある種の皮肉であった。
 慶次は戦を嫌うし、今の一応の平和の世を悪く思うこともない。だが前田家に生まれ一級の武士として育てられてきた慶次の本能的な部分では、果たしてこんな世の中がいつまでも続くだろうかという疑念を抱いている。これが慶次には自分でもわからぬことであった。慶次は平和を誰よりも望んでいたはずなのである。それがいざ戦がなくなってみれば、芯で、
(そんなはずはない…)
 と冷徹な眼差しを向けている。あるいはこれは幸村と同じ考え方であったが、それを自身で解せぬという点では相違があった。慶次は武士であったが、その前に自由人であった。
 佐助は縁側で慶次の横に腰を下ろして、どこともなく空ろな視線を這わせていた。何事かを考えている、とも取れる。慶次はそんな佐助の顔を覗き込んで、鼻先をつまんでみた。案外簡単につままれた鼻の上の目はいかにもしかめっ面しく変わった。
「あにふんのは」
「いやあ、しけたツラしてるからさ、何考えてんのかと思って」
 ぱっと手を離すと、鼻はほんのり赤くなっている。その鼻を二三度こすって佐助は溜息を吐いた。すると何か思い出した風に、
「かすがと仲が良いそうじゃないの?」
「――ああ、かすがちゃんね。うん、仲良いよ」
 あっさり肯定してみて、何か言い返すのだろうかと思ったが、特にそれ以上追求することもなかったらしい。どことなく不満気な顔をして佐助はまた視線を逸らした。慶次がここから何を推測したのかは想像に難くない。わかりやすく慶次は明るくなってまた佐助を覗き込んだ。
「気になるんだ」
「ならないよ」
「うっそだあ」
 佐助はまた溜息を漏らした。やれやれと言い出しそうな様子である。
「…本当のところは、気になってたけど、数日したらどうでもよくなった。前田の旦那も知ってるでしょ、…かすがはさ、もう一生、誰のもんにもならないから」
「…ああ、」
 頷く他なかった。それは慶次もよく知っていることだった。
 今は好奇心が先行して茶化すような形になったが、よしんば佐助がかすがに恋心を抱いていたとしても、慶次はそれを応援してやる気になれなかっただろう。慶次はかすがと謙信の仲を応援していたのだから、尚の事だ。
 慶次はふと思って尋ねてみた。
「佐助ってさ、政宗のこと嫌いだろ」
「嫌いだね」
「政宗はそうでもないんだってさ」
「…へえ」
 佐助はぴくりとも表情を変えなかった。なぜそこで独眼竜が出てくるのかと尋ねもしない。しかし慶次にもその訳はよくわからなかった。ただ玉川屋での政宗との会話が思い出されたのみである。
 幸村がやってきて、慶次にそろそろ帰るよう告げた。結局奥方に対しての気持ちに答えが出たのかどうか、それは幸村の胸の内であった。慶次も大して追及しようとせずに大人しく帰ったあたりは、佐助との約束がどうにか効力を発揮しているのだろう。
 また来る、と言った言外には、泥棒について話しに来る、という意味が込められているのを幸村も佐助も悟っていた。恐らく政宗も訪れることがあるだろう。
 なにせ屋敷が隣同士なのだ、なにも怪しまれることはなかろう。幸村がぽつりと呟いた。