一度目はかわいそうな女から聞いたことだった。
 かわいそうで気味の悪い女を、佐助は主のためと言い聞かせ一辺の躊躇も無しに斬りつけた。あなたの体、血に染まって真っ赤ね、言外に、かわいそうね、と思っていたのだろう。佐助にはそのように聞こえた。後から主は、少し悲しみの混じった眉尻の形を見せながら、
「殺すことはなかったろうに」
 と低い声で言った。しかし主とて、戦場で己に刃を向けてきた者なら、それがたとえ女でも子供でも、あるいはこの世のものでなかったとしても、二槍で貫き、前へ進むのだ。だからそれ以上は何も言わず、言ったことを後悔すらしているようであった。まるで女を、自分が佐助に殺させたかのように思っていたようであった。
 二度目はきちがった男から聞いたことだった。
 その男は誰彼かまわず、本当に誰でもいいから、とにかく斬り刻みたいと思っており、それが自分の愛したものなら尚いい、とまで思いつめていたらしく、主に謀反を起こした。佐助は忍びとしてその現場に介入していた。珍妙な侵入者はよほど歓迎されたらしく、男は白い肌と白い髪を浴びるほどの鮮血に染めながら、そうしておきながら、おや、私など及びもつかぬ血の臭いが、と佐助を評した。笑った。
 佐助は以前手にかけた女以上に、この男には近寄りたくなかった。理由は男の放つ毒気を孕んだ空気にもあるし、男の気色悪い笑みにもあった。すでにぼろぼろの体で修羅場を徘徊していた男は、あっさり佐助の手に落ちた。信長公、と漏らした言葉から、羨望とも嫉妬とも思われる感情を佐助は読み取った。読み取れてしまう自分がおぞましく、おお、こわやこわや、と、半ば自分を励ますように冗談めかして言った。
「もう人じゃなかったね、あれは」
「……そうか」
 主とはなにもかも終わった後、そのような会話を交わした。主は佐助をじっと見ていた。従者が主人に逆らう、世に言う下剋上を、まさか佐助の姿に見たのではあるまい。
 佐助はこの時ばかりは主がよくわからなかった。
 三度目はもうあるまいと思う。思っていた。

 雨が降り止まなかった。しかし雲に覆われた空はうすら明るかった。
 水気を含んだ空気のおかげか、肌がうっすら湿り、佐助はその少しばかりの不快感と一緒に目を覚ました。障子越しの奇妙な明るさと対する陰鬱な雨のおかげですぐには時間がわからなかったが、腕に受けた傷の痛みが軽減していることと、真新しい包帯とを見て、少なくとも一日か二日中は眠っていたのだろうとあたりをつけた。
 場所は室内になにもないのでわからないが、なんとなく慣れた雰囲気から察するに、幸村の屋敷だろう。ふと息を吐く。
 佐助は任務に出るたび、戦場に出るたび、強く死を思う。そして本能的にまずいと感じた瞬間に脳裏によぎるのは、いつでも己のしてきた行いだった。それは罪悪感だろうと思った。こんなところで死ぬくらいなら、もっとよい行いをしていればよかった。人など殺めずに生きればよかった。もっと違う形で、自分の主に関わる道があったかもしれなかった。
 そしていつもおめおめと生きて戻り、冗談交じりに笑う。
「死にそうな瞬間って、やなこと考えちゃって、だめだね」
「そんなことを考えられるうちは、お前は死なん」
 主は大真面目に答える。それはそうだろう、実際生きているからこそ価値の無い会話も繰り返されるというものだ。そして大概、反省が無意味だと知る。佐助はまた人を殺す。
 床擦れを起こしかけた腰やかちこちに固まった関節が痛んだが、時間をかけてなんとか起き上がると、次第に頭がはっきりしてきた。こういう感覚は一度や二度のことではない。眉間のあたりを指で押さえながら、戦場での記憶を手繰り寄せる。
(おかしいんだよなぁ…今回)
 気を失う前、果たして己は何を考えていただろうか。断片的に思い出すと、どうもいつもと様子が違ったように思う。頭をぽりぽり掻き、傷ついた左腕へ手を這わせた。あまりに深く斬られたので、もう使えないだろうかとぞっとしたほどだったが、なんとか繋がっているし、試せば指も動いたから相当運がよかったのだろう。
 やれやれ、まだ働けるらしい。
 斬ったのは誰だったか?それは恐らくじきにやってくるであろう人物に聞けばわかるはずだ。

「片倉殿がかくもお強いとは、…察してはいたが、実際に痛手を負ったお前を見ていると、しみじみわかるな」
 まずは佐助が目覚めたことを喜び、伊達との戦がまたも小康状態に入ったことを知らせると、幸村はその場に座り込んで語りだした。
 戦は伊達と武田というよりは、伊達と真田との戦いと称したほうが適切で、ここのところは小競り合いが続いては決着がうやむやのまま互いが後退する、という微妙な状態を保っていた。
 己を後ろから斬り付けたのは伊達政宗の側近、片倉小十郎らしい。目撃していた幸村の言葉なのだから間違いないだろう。
「面目ない、旦那」
「いや、後ろからとはいえあの突きの鋭さ、某であってもかわせたかどうか」
 幸村は慰めの言えない人であるから、正直に小十郎の剣術を評した言葉であったろう。
「そうだね。よくよく考えればわかるこったよ、なにせ独眼竜があの強さなんだ。その指南役とあっちゃ、尚更」
「うむ」
 幸村の体にも、いたるところに手当てしたばかりの跡がうかがえた。最早政宗との対決は毎回のこととなっているが、二人の戦いが激しさを増すごとに、自然幸村が受ける傷も大きなものとなっていった。それは独眼竜とて例外ではない。大将がそんな状態になるからこそ、戦自体も勝敗が曖昧なまま尻蕾になる。
(武田だって、伊達ばかりを相手にはしてらんないのにねえ…)
 いっそ上杉も交えて三国同盟を結び、三河にでも攻め込んだらどうかと思わないでもない。
 だが武田には乱世において新参者である伊達と対等に接する気はさらさらないし、上杉と同盟を結ぶにはいささか戦いすぎ、時期を逃した感がある。主義・主張の差異も大きすぎる上、信玄個人の感情としては、謙信と今更仲良く膝を突き合わせて話すなど興ざめなのである。
 つまり信玄も謙信も、幸村や政宗と同じく呪われている。それを宿命と言うのかどうかは、佐助にはどうでもいいことだった。佐助に見えるのはただ多くの人々の死と、生き残る自分だけだ。
「いつ出られそうだ、佐助」
 うんざりすることがわかっているので、なぜとは問わない。佐助は今一度指を軽く握りこむように動かし、具合を確かめた。まだ痛みが強い。
「腕は一月で元の勘を取り戻せば上々、ただ動くだけなら…そうだね、二日もあれば」
 幸い深手を負ったのは腕のみで、あとは打ち身や打撲だがいつものことなので、佐助の体力ならばすぐに回復する。幸村はそうかと頷き、ならばゆっくり休め、と気安く言った。
「食事を用意させる。粥ならば食えるだろう」
「忍びにそこまで気ィ使わなくっていいって、毎回言ってるでしょ。世話くらい仲間内でなんとかするからさ、旦那は旦那の仕事してろよ。ああそうだ、こんな大層な部屋も遠慮願いますよ。俺としてはこんな状態情けなくて仕方ないんだから」
 忍びだからと理由をつけると大概むきになって抗する幸村は、この時鼻を一つ鳴らしたきりだった。見慣れない仕草を笑ってやろうかと思った矢先、半ば呆れたような鋭い声が、
「三日間も寝込む阿呆に何か言う権利があると思うてか。黙って世話されておけ」
 きょとんとした忍びを置いてきぼりに、幸村はどかどかと廊下へ出て行った。
 権利だって?どっかのバカな独眼竜に毒されちゃったんじゃないの?ああいえばこういうなんてのは、俺様の周りには一人で充分だね。まあその一人ってのも、できるだけ早くこの世から消えちゃってほしいんだけどさ。
「戦は無いに限るよ、まったく」
 呟きは誰にも聞かれず、雨音が消し去った。

 必死の時の記憶など曖昧で、無いにも等しい。霞む視界、傷む体、混沌とした思考、どれを取ってみてもあまり確実性はない。痛みの具合も自覚した途端変わるものだ。言ってみれば夢のようなものなのだから、それに拘り続けるのはあまり堅実とは言えない。
 とは言えこころに引っ掛かる事項があるとすれば、多少は仕方ないかもしれない。そうだ、この引っ掛かりさえなくなれば、休養という名の睡眠を思う様貪ることができるはずだと、佐助はそう思った。
 休めと言われたのだから遠慮なく横になったが、眠りに誘われかけると青い影がちらつき深いところへ行くのを阻止される。そんなことが二回三回と続くうち、とうとう寝るのは諦めて自分の状態を分析するに至る。
 青い影といえば、つい最近では一つしか心当たりがない。嫌だ嫌だと思って他の可能性を探るのだが、それにしては佐助の理性が「それで大正解」とやかましいので、それも諦めた。
 それで、一体独眼竜がなんだってんだ?
 その段になるとやかましかった理性が途端に大人しくなり、佐助のこころは戦場の後のような異様な静けさに支配された。瓜子姫に指一本分戸を開けてもらい、じゃあ次は腕が通るだけと段階を踏もうとした途端、相手が鬼だと見破られ、ぴしゃりと閉じられてしまった戸を呆然と眺めている気分だ。
(……我ながらうまいたとえだ)
 ただ横になっているだけだと、かくも思考が移ろう。それだけ頭の方も回復してきたということなのだろうが、思考するばかりで眠れないというのは非常な苦痛だ。
「……立てるかな?」
 深く考えることに早速飽きと疲れを覚えた佐助は、体の具合を確かめるため布団を剥ぎ、再び身を起こした。先ほどよりは時間をかけずに済むと、案外いけるかもしれないと期待を抱きつつ、体を前のめりにして足に力を入れる。
「ふんっ……んお!?」
 びきりと嫌な音がした気がした。たまらず盛大に背中から倒れる。よくよく確かめると、右足の踝より少し下が見事に青黒くなっていた。記憶を探るが覚えはない、しかしどう見ても足を挫いているらしかった。これは二日で歩き回るというのは、多少無茶が入ったかもしれない。
 肩を落としていると、粥と碗を手ずから持ってきた幸村に、これもまた盛大に叱られた。
「己が二日と言ったのならその間くらいじっとしていろ佐助!」
 違うんだよ旦那、二日じゃなくて、どうやら五日は必要らしいんだと言う気力も最早ない。できるのは、されるがままに粥を啜るくらいである。

「あんた、一体これまでどれだけの人を生かしてきた?」
 青い影は笑う。そっくりそのまま返してやりたいね、と言ってしまったのは、影の言葉を精巧にできた嫌味だと解したからである。そしてそれはあんたも同じことだろうと、とてもむかっ腹が立った。
(ああそうだ、俺が誰かを生かすたびに、俺は誰かを殺してる。戦国の世を戦うものは、みんなそうやって生きてる。明日誰かが生きるために、俺が死ぬかもしれないんだ。だからみんな必死で武器を取るんだろう、違う?あんたが俺を笑うのはお門違いさ。少なくとも俺は、あんたのように無感情には出来てないからね)
「忍びのくせにか?」
(ああ)
「だったらもっと堂々としたらいい。あんたは自分を誇る事ができるんだろう。自分のやっていることが正しいと確信できるんなら、なににもこころを動かされることはないはずだぜ。なのにあんたは泣くのか?割り切れよ。前を向け。あんたが生かしてきた人のことを、考えればいい」
(あんたはそれでいいだろうさ。お山の大将は、そうあるべきだろうね)
(でも俺はあんたと違う)
(あんたは知らないだけだ)
(俺の汚さ、俺の手の汚さ、俺の体の汚さ、俺のこころの汚さを)
(あんたは知らずに滑稽だと笑っているだけさ)

(わかる人にはわかるんだよ、あんたは興味無いだろうけどね、いたんだよこの世には。俺が川になるくらいの人の血を浴びて生きてきたってのが、わかる人がね――)

 跳ねるようにして飛び起きると、もう夜半もすぎていたらしく、突然の暗闇に混乱した。動悸が激しい。酷く嫌な夢を見ていたことだけはわかるが、内容まではわからない。一瞬、
(瓜子姫が戸を開けた)
 ような気もしたし、むしろ開けた先の目的である瓜子姫を無視して隣家の壁までぶち破ってしまった感じすらするが、今お姫様は、もうお帰りなさいときっちり締め切った戸の向こうで手を振っている。
 吐いた息もやたら荒く、佐助は蹲るように己の腕をぎゅうと握った。怖かった。なにがと問われると困るが、子供のころ、例えば病気をした時、ろくろく食事にもありつけなかった時、初めての任務から帰った時、一様に暗闇が怖かったのと、とてもよく似ていた。
「暗闇ってのはね、死なんだよ」
 と、ある時幼い弁丸に言ってみたことがある。ぽかぽか陽気で少し冷えた風が気持ちの良かった日のことだから、秋か春のことだろう。明確な理解を求めたわけではないが、弁丸はうんと頷いてよく聞いた。
 佐助は続けたものだ。
「若様が夜中に厠へ行くのを怖がるのは、別に厠が怖いわけじゃないんだよ」
 う、と弁丸は呻いた。それもそのはずで、昨夜一人で厠に行くことができず、かと言って矜持が芽生えたらしい弁丸は控えのものにも告げることができず、結局粗相をしてしまったばかりだったからだ。やれやれと布団を干す佐助の横で顔を赤らめて俯いていた主を慰めるつもりでの言葉だった。いつも厳しく弁丸を躾ける佐助にしては、やたら優しい行動である。
「暗闇が怖いんだよ。目ェ瞑ってごらん。暗いだろ。別に目を瞑ったからって今は怖くないさ、だって俺が傍にいるし、太陽はあったかいし、あんたはちゃんと地面に立ってる。……まだ開けちゃだめだよ。試してみようか。俺がいいって言うまで、ずっと、瞑ってるんだよ。いい?」
 わかった、とどこか心細げな返事を聞いてから、佐助は黙って弁丸を見下ろした。任務でそうするように気配を消し、ただただ黙って時間が過ぎるのを待った。痺れを切らした弁丸がまだか、と聞いても黙っていた。
(怖いよね)
「……佐助」
 まだ黙っていた。
 そうしていると不安が一気に膨れ上ったのか、佐助、佐助、そこにいるのか、佐助!と、叫んだ弁丸は、それでも気丈に目を閉じたままでいた。年若い主をいじめる感覚にじくりとどこかを抉られる感覚を覚えながら、佐助はようやくしゃがんで弁丸の手を取り、もういいよと告げた。なかなか、我慢ができるじゃないの、なんで粗相しちゃうかねえ、と苦言も付け加える。
 泣きそうな顔をしていた弁丸は、佐助の緩い笑顔を見てほっとしたのか、かえって声を大きくして、
「わかった!」
 と何度も頷いた。なにがわかったのやら、佐助にはわからない。だがなにかを掴み取ったのなら、いずれそれが役立つ日が来るかもしれない。佐助には弁丸にできるかぎり有益なことを教えてやりたいと、そんな小さな欲が自分の中に生まれていることに、まだ気付いていなかった。
「死ぬのは怖くて当たり前なんだよ。死ぬのが怖くないのはね、旦那。生きてるってことをわかってないか、命よりも大事なものがあるか、ただのバカかのどれかだ」
「佐助はどうなのだ」
「実はあと一つあるの」

(忍びは暗闇も死も恐れない)
 そう続けたはずだ。
 佐助は右足を庇いつつ、なんとか立ち上がることに成功すると、柱や壁をつたいながら廊下へ出て、一歩一歩厠へ向かった。三日間寝込んだらしいが、どうやら体のいろいろな機能が回復し始めているらしい。
 ついつい酷使してしまいがちな体がそれでも必死に自分を生かそうと活動する様には、感動すら覚える。たまには温泉にでも浸からせてやらないといけないに違いないから、今度真田の庄近くの温泉へ行こう、と密かに心に決めた。
(怖くない怖くない、大丈夫だ、歩けるんだから)
 厠が近づいた。いろいろ苦労しながらも用を足し、また同じ道を途中立ち止まりながらも戻り、褥へ入ると無意識にほっと息が出た。生きているのはこういうことだと思い出した。辛いし苦しいが、たまにいいことがある。それを根こそぎ奪うのが戦場だとしたら、やはり無いほうがいい。
 ところであの瓜子姫は誰だったんだろうな。
 うとうとしかけ、佐助は散開していく思考の切れ端を捕まえた。別に瓜子姫が夢に出てきたわけではなかったはずだが、自分の状況をたとえているうちになんとなく愛着が湧き、ぼんやりした絵まで浮んでいる。物語に出てくるお姫様は大概どえらい美人というのが定番だから、瓜子姫も相当の美貌を持つに違いない。
(んじゃ、俺は家にあがりこもうとする醜い鬼ってえわけだ。ぞっとしないね。俺に人肉食う趣味はありませんよ……)
 だが必要のために食べたことならある。食べ方も知っている。教えられたのだ。
 足が腕が、ずきりと痛んだ。あまりに多くの経験を、一瞬のうちに思い出しすぎてしまった。こうなると際限も取りとめもなくなるから、忍びは思考停止の方法も学んでいる。だがそれは飽くまで方法でしかなく、実行不能の場合の方が多い。
 佐助はとめどなく涙を流したかった。溢れて零れ、昔の人が詠うように、袖がしたたるまで泣けば、些かでも汚いものが出て行くような気がした。
 佐助は泣かなかった。泣けなかったのである。ただ身を切るような痛みに、一晩中耐えていた。

 何度目の交戦か数えるのも最早飽きたが、とにかくいつも佐助は独眼竜を足止めするため、幸村の先回りをして戦場を駆けた。その時も、あんたじゃない、邪魔だ、どけ、と常套句を浴びせられつつ相手をした。佐助の先に幸村を求める独眼と目がかち合い、佐助は急にばかばかしくなった。
「一体あんたは何のために戦してんだ?そんなに旦那を引き裂きたいならいっそ二人きりで誰もいない野原へ行けばいいんだ。俺も右目の旦那も、誰も邪魔しないところへさ!そしたらせいせいするね!あんたらに巻き込まれて、誰も死なずに済むじゃないか」
 もちろん本気で言ったわけではない。幸村が政宗とばかばかしい心中をすればいいなどとは欠片も望んでいない。合わせた刃がぎちぎち音を立てる。政宗は顔を歪めながら佐助の言葉を聞いていた。
「あんたみたいな、望まれて生まれてきた人間には理解できねえんだろうけどさ、あんたのためにどれだけの人が死んでるか、知らないわけじゃないだろ。気分いいよなあ!そうだろ、人の命を掌で遊ばせるってのは?独眼竜、俺はあんた見てると虫唾が走る。あんたも一緒なんだよ。お市や光秀と同類だってわからないか?大ッ嫌いだ、あの女もあの男も、あいつらと同類の、あんたも…!」
 刃同士が弾けた。砂埃を立てて後ろへ押し出された政宗はふと構えを解いた。
「違うね」
 向けられた独眼は真っ直ぐに佐助を捉え、静かな水面のようにほんの微か揺れていた。気色が悪いくらいの、幸村と同じ、嘘の無い目だった。
「俺は人を殺すが、人を生かすことも、生かされることも知ってる。……おい、真田の忍び」
 後ろから激痛が走った。なぜ気付かなかったのだろう。考える間もなく、すでに目が霞んでいた。地面に倒れる瞬間の衝撃が嫌に現実感がなかったので恐ろしかった。死ぬのだろうか、と思った。
 声を乱すこともなく、独眼竜はなにかを言ったが、佐助の耳には届かなかった。
 佐助は都合よく全てを忘れるため目を閉じた。
「あんたはそんなに、自分が嫌いなのか」