血をどこぞかに残してきてしまったかもしれない。 そればかりが気になったが、今はただただ気配を殺しその身を枯葉に埋めるしかなかった。最早今宵はこれ以上移動できまい、と思う。鳥を呼ぶには指笛を使わなければならず、その音は誰に聞こえてしまうともわからない。 その危険を避けねばならない理由は二つほどあった。一つに、ここがおそらく最上領内であること。一つに、自分が隠密行動をしている忍びであること。誰に見つかったとしても、無事で済むという保障はない。 出血は今も酷いというのではない。迂闊にも手を負う事になったが、傷自体は軽いものだから、時間を置けば自然に血は止まるし傷も塞がろう。だが最初だくだくと流れ出たものが目立つ所に残ってあれば、後をつけられかねない。それを危惧して出来る限り遠くへ遠くへ逃げてきたはずだが、夜目は利いても、距離感が正確であるという自信はなかった。不慣れな土地なのである。 枯葉は微かな動きでもその乾いた表面が擦れる音を立てるが、身を隠すのには丁度良い。月も出ておらず、ひたすら闇ばかりが支配するある種の清涼さを含んだ山陰には、残暑とはいえ既にその中に底冷えするような細い冷気が漂っている。 (冬が厳しいはずだ) 主君が住む地との気候の差が身に染みて思われた。甲斐では蝉こそ鳴くのをやめたが、まだ時折夏を思わせる日差しが照る。主の幸村は夏が好きで、いつもこの時期、もう秋がきてしまう――と呟いている。そんなことを考えている自分を見つけて、佐助は声にならない嘲笑をした。 ここから一息に甲斐に帰るのは佐助にとって易いが、彼にはまだこの地に留まらなくてはならない訳があった。肝心の任務が終了していない。だからこうして、ある程度の危険を冒してでも奥州で夜を越さなければならないのである。 任務は奥州の情勢を探るべしというもの。あちこちで起こる戦を把握するのは戦国大名にとって不可欠な情報だが、信玄は特に情報収集に重きを置き、忍者を重宝している。 本来戦忍びの佐助が暗殺以外の純粋な諜報活動に駆り出されることは稀であったが、今回は行き先に戦地が含まれていることもあって、戦慣れする佐助が動員されることになった。敵味方の混乱に乗じて機密を得んとするのは、忍者の中では常道でもある。 しかし傷を受けたのは、最上家城内での話だ。同業が放ったらしい一閃が腕を掠めたのだが、ここでまず佐助が信玄に報告すべきは、最上が忍びを使う――という初出の情報だった。最上とは恐らく相対する事はあるまいが、それでもこれがどこで生きてくるかはわからないのである。 傷を負ったのは単なるミスだったが、忍びに発見されたのはむしろ望んでの事で、佐助はわざと気配を悟られるように侵入している。まさか向こうも甲斐の武田の手の者とは思わずに近隣の大名を疑うであろうし、そうして情勢に一石投じてみるのも仕事の一つであった。 あとは徐々に南下して、伊達、蘆名、二階堂に探りを入れて任務は初めて終了する。 特に雑然としていた奥州の地図を日に日に書き換え、事実上奥州の支配者と言っても過言ではない伊達政宗は遅かれ早かれ南進するであろうと信玄は見ている。このため、伊達領内での諜報活動は今回の任務でも最重要項であった。 それにしても、どう探るか自体は佐助の胸一つに任されているあたり、これは信玄から相当の信頼を受けていると見てよい。 (その信頼は嬉しいんだけどねえ…。どう考えても超過労働だよ、これ) 丑三つ時をとうに越え、時期に夜も明けようとしてはいるが、この間佐助は半々刻仮眠を取っては合間に気を張り巡らし、人影がないか逐一探っている。もちろん休息を取るための仮眠ではあるが、それがどれほど神経を使う作業なのかは、同業のもの以外にはわかるまい。だが万一誰かに見つかったときの処理を考えると、それはそれで頭が痛くなるのだから、怠れない。 鳥が鳴き声を上げ始め、空も微かに白んでいる。単純に身体を休ませるためだけの仮眠を繰り返した佐助はそれでも多少疲労を回復したと見え、この時ようやく一息吐いた。 傷を確認すると、血は予想した通り最早固まっていたし、一応の処置はしたので膿んでもいなかった。この一連の動作の間も、佐助は己の気配を絶っている。 奥州の、どの辺りだろうか。 闇夜に任せて最上領からその自慢の足を使って駆けて来たものの、今見える視界からは木々の根元ばかりが確認できる。百年は生きているであろう木の根元の空洞部分、丁度溝のようになる隠れるにはうってつけの場所だが、自分の位置は把握しかねた。 おそらく最上領であるとは予想したが、南東にひた走ってきたので、ひょっとすると既に伊達領内に入っているのかもしれない。だとすると最上が領外にまで追っ手を走らせるとは考えにくい。どちらにせよ次の目的地は伊達なので、(さあて、どうしようかな)と考えた。 伊達家への潜入を、である。朝が来たら、忍び装束は捨てて、とりあえず行商か何かに成り代わるつもりであった。最上にしたような無理な活動はせず、じっくり周囲から様子を見るのも悪くない。変装術は専門外ではあったが、並の忍者よりはうまくやるつもりである。 追跡はないらしい。 一晩越して、佐助はようやくそう判断した。冷気に乾いた目を閉じて、そのまま眼球をぐるぐると動かす。 佐助自身、あまり自分が所謂慎重派でないことは知っている。知っているが故に判断は厳しくならざるをえなかった。本業ではないとはいえ、この任務で命を落とすようなことがあれば、幸村はきっと泣かずに部下の不甲斐なさを恥じるであろう。 (行こうか) 普段携帯している腰袋の中には様々な忍具が入っているが、いつでも変装できるよう粗末な小袖も小さく丸められて入っている。それを取り出して辺りの気配を充分確認すると、手早く着替えた。まずそうしておいて、今度はゆっくり歩いて位置を確かめるつもりであった。 帯を結び終わった瞬間、佐助は身を凍らせた。まだ遠くだが、馬の嘶きが聞こえたのである。地に耳をつけるが、まだ蹄の音は確認できない。こちらに向かっているのかもわからない。おそらく単騎なのであろう。 忍び装束は埋めた。枯葉も被せたので、見つかる事はわざわざ暴かない限りない。再び耳を澄ます。今度ははっきりこちらに向かう蹄を聞き取れた。まるで佐助の存在を予めわかっているかのような動きなので、一度は打ち消した「追跡――」の文字を考えずにはいられなかった。 (こんな朝っぱらに、単騎で、山ん中を?) 当然地元の農民などの類ではないだろう。秋の実りを取るにしてはやや早い。かと言ってこの辺りに村や屋敷があるのなら、既に朝支度の煙が上がっているはずである。となると山賊か、やはり追っ手か。 佐助は忍びらしからぬ好奇心を持っている。あるいは主のそれが移ったとも言えなくはないが、とにかく佐助はこの奇妙な来訪者が何者であるかに興味を持った。 既に行商人を装っている。だが相手が追っ手であった場合を考えて、姿を晒すよりは、木陰で気配を消す方を選んだ。その方が見通しもよかろう。蹄の音のまだ距離があることを確かめて、佐助は手近な木と草の影に身を隠した。既に紅葉を迎えている木の葉が音もなく舞い落ちる。 距離はどれ程であったろう。音から判断して、まだ五町はあったかもしれない。だが確実に佐助のいる方向へ近づいてくるその足音を、じっと息を潜めて待った。蹄はさほど急いでいる様子もないので、やはり追っ手ではないのだろうか。しかし追っ手ならば、殺さなければならない。懐にはクナイ一式を忍ばせてあった。 姿が見えた。ゆったりと馬を歩かせてやはりこちらに向かってくる。遠目に確認できるのはそれだけであったが、徐々に近づいてくるにつれ、佐助はまさか――と、自分の目を疑った。それだけでは飽き足らず、頭がおかしくなったのかとすら思った。 嘘だ!と、大声で叫びやりたい気分ですらあった。朝っぱらに、単騎で、山の中を、よりにもよって自分のいる場所に。 (伊達、政宗が) 確かに、こちらに向かってくるのは伊達政宗その人であったのである。 顔は見間違えようもない。一度見た顔を忘れるようでは忍者は務まらない。既に表情まで見て取れる程近くに来た男は身形こそ一介の侍風であったが、茶色く焦げた髪に少し隠れてはいるが眼帯もしているし、切れ長の独眼は鋭く光っている。 この時佐助が考えたのは、殺すべきか否か?である。 政宗は帯刀こそしているが、佐助の確認し得る限り、共の一人も付けないでいる。しかも場所が人気のない山の中という、暗殺に申し分ない条件が揃ってしまっている。足もつくまい。 ここで政宗が消えれば、自然奥州はかつてない程の動乱の渦に巻き込まれて行くことになる。となれば、信玄にとってとりあえず北の大きな憂いが一つ遠ざかるのである。 やるべきか。しかし、このような重大決定を、いくら信頼されているとはいえ、自分のような一介の忍者が独断で行ってよいものか?と、佐助が突然の好機に判断を付けかねたこの間は、僅か五秒にも満たなかったであろう。 その五秒の間に政宗は馬を止めると、涼やかに「誰かあるのか」と叫んだ。 佐助がまさか自分の事ではあるまいと思ったのは無理もない。長年忍術の修行を積んだ佐助は、気配を消す事を最も得意な技の一つとしていた。それをいとも容易く見破られたという事を、俄かには信じられなかったのである。 むしろ、あえて信じまいとじっとしていた。まだどうすべきなのかわからない。 政宗は首を傾げると、はっきりと佐助のいる方向に視線を向けて、お前のことだ、と言った。馬を動かしたり降りる様子もない。出て来いということなのだろう。再び考えた。クナイを投げつけるべきか、飽くまで無視を決め込むか。しかし明らかに政宗は佐助の存在を感知している。 (ふざけんなよ) 驚愕は既に憤りに変化していた。一国の城主が、なんの冗談でこの場にいるのかと、ある種の常識を打ち破られた悔しさが入り混じっている。 政宗はなんの表情も湛えずに佐助のある方向をじっと見ている。が、いつまで経っても佐助が出ようとしないので、痺れを切らしたのか、馬から降りて今度は不機嫌そうに木陰を見やった。 「潔くねえな。隠れてるつもりを悪いが、俺にはわかるんでね」 「言うね」 そこでようやく佐助は静かに立ち上がった。狐が踊るように軽やかだったのは、佐助の忍びとしての矜持がそうさせたのだろう。佐助の顔にはにこやかな笑みが張り付いていた。 意外にも、政宗は佐助の顔を見て多少なり驚きを覚えたようだった。独眼が微かに揺れる。 「真田の――」 言いながら目だけがきょろりと動いたのは、幸村の姿を捜したのに違いない。佐助はそれに敏感に気付いただけに、また苛、とした。 「悪いけど、わざわざあんたの領地に来るほど旦那は暇じゃないんでね。…さあて、伊達政宗様ともあろうお方が、こんな所でなにしてんのかな」 政宗は落胆の色も見せず、さもあろうと頷くと、行商人姿の佐助をつまの先から頭までツと視線で撫ぜた。佐助は片手をぶらつかせて、普通を装いながらも、いつでもクナイを取り出せるように身構えている。それを察したのかどうか、政宗は口の端を軽く上げた。 「ただの忍びなら、俺が伊達政宗のわけはあるまいと言ってやるんだが、顔を知られてちゃな。しかしこんな所では俺の台詞だ。ここが伊達の領内とわかってんのか?堂々と隠密行動をしてくれているようだが」 「誰が堂々と?忍んでたところをほじったのは、――」 佐助はふと言葉を止めた。悠々と会話をしていても、やはり頭の中は、殺すべきか否か?の問いで満たされ尚結論が出ない。しかしそれとは別に、単純な疑問が湧いたのである。 「――なんで、俺がいるってわかったんだ、あんた」 政宗の返答はあっけないものである。 「黙んな。質問してるのは俺だ」 空は薄い水色に変わり、淡い日差しが二人を心許なく照らしはじめていた。佐助は政宗が一歩でも自分に近づいてきたのならクナイで牽制を図る気でいたが、やはり口元には笑みを浮かべている。敵とわかっている者にこのような態度を取られると、薄気味悪く思い戦意を削がれる者がたまにあるが、案の定政宗には全く効果を示さないらしかった。 「…答える気はねえか?何か言ってみろよ。幸い一対一だ、どれだけ無礼を働こうが誰も気にとめねえぜ」 どうする。 これが伊達政宗であるのには間違いない。言うなれば、佐助の求める情報を一挙に握っているのはまさにこの政宗なのである。あるいは情報を引き出してから、とも思うが、このようななんの小細工も効かないような森の中で、果たして自分が政宗に生きて勝つことができるのかどうか。 殺すだけなら、相討ちを覚悟すればできないことはあるまい。だが、それだけでは足りない。飽くまで情報を求めるのなら、持ち帰らなければ。それに、と意地の悪い笑みを浮かべた政宗を見やる。この独眼竜が易々と情報を与えるはずもない。そうなるとできるのは、殺すだけ、となってくる。 殺すだけではだめだ。 今政宗が死ねば、おそらくは武田に有利に働く。おそらくは、だ。 「最上が忍者を雇ってる」 ようやく言葉を紡いだ佐助に、政宗はまたニヤリとした。へえ、それで?と続きを促す。 「今まではどうだか知らないけど、かなり腕の立つ奴らだ。それが城の警護をしてるって事は、近々大事でもあるんじゃないの?まあ、俺の憶測だけどね。調べてたのは、そういうことだけ」 「それを俺が信じると思ってるのか?」 佐助は大げさに肩をすくめて、さあね、と呟いた。 「あんたがここで何をしたかったのかは知らないけどさ、俺がいるって知ってたわけじゃないんだろ?要するに単なる偶然、お互い通りすがりってわけだ。俺はあんたの領内でなにをしてたわけでもない。これは本当。で、予め言っとくけど、俺は今ここであんたを殺すこともできる。こういう場合さ、お互い見逃すのがお互いのためでしょ。違う?」 俄かに枯葉の互いに擦れる音が大きく聞こえ、微かに風が肌に痛い。やはり奥州の秋は早く、短いのだろう。 政宗は暫し佐助を眺めて何事かを考えていたが、ふと思い出したように笑うと、そいつが、腕の立つ忍者から受けた傷ってわけか?と言った。何を言っているのかと思って腕を見れば、傷口が開いたのか、着物に赤い染みができていた。 認めるのは多少癪だったが、まあね、と答えた。政宗がまた口を開く。 「お前、なんで逃げないんだ」 馬が首を振って口を振るわせた。政宗は軽く撫ぜてやりながら、目を細めた。 「そんな口上述べる前に、あんたは逃げられるはずだろう。見ての通り俺しかいねえんだ。俺一人であんたを捕まえるなんざ不可能だし、今だって逃げていいんだぜ?嘘か本当か知らんが、最上の情報を与え損してるとは思わねえのか?なあ、真田の忍び」 「……ああ、そういう手もあったね」 流石に、あんたを殺そうか迷ってたんだよ、とは言えない。むしろ政宗は、それとわかって楽しげに言葉を遊ばせているように思える。決して佐助の何とも言えない屈辱感ばかりから来る見解ではあるまい。 確かにこの距離なら、今とてこの独眼竜から逃げおおせるのは容易い。だがそれは同時に、信玄からの使命を無条件のうちに放棄してしまうことにもなるのである。調査対象の伊達家当主に向かってわざわざ「見逃せ――」と言っているのだから、あるいは既に任務は失敗してしまったとも言えるのだが――。 だから逃げないでいるのは単なる佐助の意地でしかない。あわよくば何らかの情報を持ち帰りたいとまだ諦めきれないのも、幼児が大人を見上げて、おこぼれに預かるのを待っているようなものである。 「なんでわかったんだよ、あんた」 佐助は同じ質問を持ち出した。佐助の気配を読めるのは、己の知る範囲では僅かに主人の幸村と、信玄のみなのである。 今度は無下にせずに、政宗は笑った。 その笑い方がそもそも気に入らない、と思う。政宗には幸村のような真摯さや純心といったものが微塵も感じられない。全てを嘲笑しきったかのような顔と、そこからするすると出てくる弁舌は、一見きらびやかではあるが、どこか虚構を含んでいる。 そうした笑いを浮かべて政宗は言う。 「この独眼は、見えなくていいものまで見えるんでな」 果たしてこれは単なる揶揄であったか、僅かでも事実を含んでいたのか。 佐助は初対面の時から変化することのない政宗に対する「嫌いだ、」「気が合わない、」という印象に、拍車を掛けられた気がした。 「そりゃ、便利なお目目で。それであんた、結局どうなの?」 「最上の情報を与えてもらったかわりに、武田の草一本見逃せ、応じないなら殺す、か。殺す、ねえ?」 「殺すさ。一度戦場で俺を追い払った話をしてるんなら、あの時と今は状況が違う。忍者がどういう状況下なら強いのかは、あんたもよく知ってるだろ」 半分は真実だったが、半分はハッタリに近い。木々に囲まれた場所なら多少忍びに有利に働くことは間違いないが、かと言って今の佐助には大した装備も防具もないので、結局差はイーブンに縮まってしまう。佐助自身、政宗の剣術の腕と反射神経は身をもってよく知っていた。 ふと思い出したのは、まだ幼さの残る主人の笑顔である。幸か不幸か、幸村はこの大名を唯一無二の好敵手としていた。そうして、いつかまた戦場で矛を交える日を夢に見ている。 佐助は、嗚呼、と思わずにはいられなかった。 (本当は、この人を殺せる気がしないだけだ) 理屈を並べ立てて判断したつもりではいたが、結局はここで政宗を殺してしまうのが一番手っ取り早い。自分の命が惜しいというわけでもないし、これを最後の大仕事としても、忍びとしてなんら恥ずるところはないだろう。それでも佐助は「殺さずにおこう」と思った。 幸村がどれ程落胆するであろう? 佐助に、ではない。 逃がしてやろう。いかにも尊大に政宗が言うまでを、佐助は永遠の時間のように感じていた。そのかわりもう一つ、と政宗は続ける。 「あいつに、伝えといてくれ。俺はいつでもあんたと決着つける日を心待ちにしている、とな」 ほらみろ、と佐助は眉を顰めた。二人の念頭には、このことが呪縛のように根を張っている。いつかどちらかがどちらかの臓腑を引きちぎるまで、解けぬ呪いだ。 ああ、わかったよ、適当に頷いた。じゃあ俺ももう一つ、と言う。 「俺にはどうしてもわからないんだけど。こんなとこで、一人でなにしようとしてたの」 「――つぐみがいるの、わかったか、忍び」 は?と、解せぬ言葉に佐助は素直に首を傾げた。政宗は佐助が佇む木の上を何の気なしに眺めている。そこにツグミがいるというのか。 「俺もお前も同じだ。何一つ真実を喋ろうとしねえ。そうだろ?だったら何を話しても無駄だ。それこそ黙ってんのが一番いいだろ。つぐみになってな。くだらねえ座興は終いだ」 秋になるとどこからかやって来るつぐみは、滅多に鳴く姿を見られないことから、その名がついたという。 政宗は皮肉気に笑って佐助の質問を煙に巻いた。そうして馬に跨った。佐助にも、去れ、と言う。 「……やっぱあんたを好きになれそうにないわ、俺」 これは佐助なりの最大級の嫌味である。 「そいつあどうも。暗殺と隠密活動以外は歓迎するぜ、真田の忍び」 やはり嫌いな笑みを零す。これが、一体誰にならその本性を見せるというのかと考えると、我ながら悪趣味な想像をするものだと嫌になった。しかしそれにしても、まだ忍びの自分の方が人間らしい。 二人は互いに身を翻して、その場を後にした。とは言えこのまま素直に甲斐まで帰れるはずもない。あちらが何もかも無駄だというのだから、こちらも遠慮なく再び探りを入れさせてもらう。それは向こうも承知して、城やその周辺の警戒を強めてくるだろう。 (確かに、全部無駄、か) わかったのは、結局政宗が食えない人物である、という既知の事実だけであった。 山を駆けた。人里が見えてくると、そちらへ向かってゆっくりとした歩みに変えた。 鳥が鳴く。つぐみのように思ったのは、当然気のせいだったのだろう。 |