その夜、政宗は寝所に篭って誰も近づけさせなかった。小十郎ですら、退け、の一言で追い払ってしまった。幸村もさすがに心配そうにしていたが、何もできずにいた。 政宗がそもそもあやかしの存在をハナから疑ってかかったのは、幼い頃あやかしだなんだと不気味がられた右目があったればこそであった。ないものはないでよい!と割り切って、政宗反対派を押さえつけたのは、そう昔の話ではないのだ。 それが、本当にあやかしのせいであったばかりでなく、あやかしが原因で傾国の危機に陥っている。これは政宗にとって、思わぬ衝撃であった。 しかし翌朝になると、政宗はいつもの通り過ごした。しかも、 「こうなったら、あの狐との化かし合いだ。俺が何者かなんか俺にとっちゃ大した問題じゃねえ。幸村、お前もそうなんだろう。お前は狐か人間か?生きていられるのなら、どっちだって構いやしねえだろ」 と、笑顔で言う。これには小十郎も幸村も驚いて、よく理解できぬ話に首を傾げていた。しかし幸村は政宗にこう聞かれて、無論、俺は俺だ、と答えた。その目は確かに武士の子のものであった。 「片倉殿、だから申したであろう。政宗殿は、お強い」 「そのようだ」 「二人とも、今日帰ったら、事を話す。…ああそうだ、油揚げを用意させろ。いつも手ぶらじゃ、なんだしな」 小十郎が油揚げの入った包みを手渡すと、それを懐に入れて政宗は屋敷を出た。そうしていつもの場所に辿り着くと、今までにない覇気で、佐助!と叫んだのだった。 出てきた佐助はどこかつまらなさそうに政宗を見ている。昨日と同じ人の姿をしていた。 「今日は手土産があるぜ。狐に油揚げたあ古典的だが、食べるか?」 「生憎油揚げは好きじゃないんで、遠慮しとくよ。それよか人間の女一匹でも持ってくるんだね。ねえ、あんたさ、俺の話聞いてた?なんでそんな爽やかなの?俺はあんたに縋ってって頼んだのに、あんたは要求するばっかりで、俺の言う事聞く気なんかないんだね?」 「それが望みか?ならいくらでも聞いてやるよ。ただしもう人を食わねえという条件付きだ」 それを聞いた佐助はいつの間にか政宗の手から包みを奪ったかと思うと、中身を取り出して咥えた。そうしてぺっと吐き出した。 「御免だね!割りに合わないじゃないの、そんなの。あんたずるい人だよ。俺と根競べでもしようっての?」 「それ以外、俺にできることはないんでな」 「へ〜え!じゃあもういいよ、明日も明後日も、ここに来てくれなくて結構だ。つまんねえよ、あんた。そろそろ人間食べたいしね。いちいち約束するのも面倒臭い。さよならさよなら!」 手をひらひら振る佐助に、政宗は顔を顰めた。しかし一つ息を吐いたきりである。 「それでも、俺はここに来る。お前を呼ぶ。……それが望みなんだろ?」 それから次の日もその次の日も、宣言通り政宗は山に通い続けた。しかし、これも言葉通り、佐助は出てこない。また一日一人、食われるようになった。それが一週間続いて、段々政宗が山にいる時間が長くなった。佐助、佐助、とひたすら呼び続けているのである。 話の全てを聞いた小十郎は、そんな政宗をただじっと見守り続けて、帰ってくると、今日はいかがでしたか、と尋ねるのだった。近頃は全く成果がない。最初は覇気の良かった政宗だが、さすがに二週間目に入って、その目に疲れの色が見え始めた。仕方のないことと思ってみても、やはり人が食われ続けるのは耐え難い。 その日政宗は幸村を書院に呼んだ。挨拶代わりに、今日は何をしていたのかと聞けば、槍を振るっておりましたと答えるのだから、生粋の武士と言っていいだろう。 「狐を殺すのは、無理だろうな」 政宗の疲れを察して、幸村は言葉を詰まらせた。政宗がこんなことを聞くのは、ハナから無理だ、と思っているからに他ならない。 「あやかしとて生き物、いつか死に行くことだけは間違いありませぬ。…が、並みの狐ならまだしも、山全体を覆うような妖気を放つあの九尾は恐らく既に三百年は生きておりましょう。我が体内に住まう一尾は六百年生きております。それを殺すというのは並々ならぬこと。たとえ急所に一撃くれてやったとしても、山にあればすぐに回復するのがあやかし。……政宗殿なら、すぐに察することができたろうと思いますが」 そうだ。だから手懐けるという道を取る他なかったのだ。政宗は頷いて、小さく息を吐いた。 「悪いな、確認しておきたかっただけだ。本題に入る。幸村、お前は一体、どこがそんなに一尾に気に入られた?あるいはそれが糸口になるかもしれん、教えてくれ」 幸村は変な顔をした。何か考えているような、いないような、微妙な顔なので、政宗は思わず幸村の肩を突いて、おい、どうした?と言った。するとどこから聞こえたものか、老齢の男の声がした。幸村の口かららしいが、これは佐助が狐の姿で喋るのと同じような感じがした。まさか、と思って身構えた。 「随分と手こずっておるようだな、小童?」 幸村の顔は、今まで見たこともないような、どこか邪悪なものが混じった笑みであった。悪巧みをする悪党の親玉と言えばわかりやすいかもしれない。その顔はともかく、わんと湧き出てきた圧倒的な威圧感に気圧されそうになるのを、政宗は必死に堪えていた。これが邪気、というものなのかもしれない。 「ほう、わしの気にあてられずにおるとは、大した小僧じゃ。その覇気なら、三百年そこそこの若造など、容易い容易い。どうやら普通より甘い器のようじゃしな。……なあに、指の一本でも食わせてやればよい」 「……俺の目玉を食った野郎はそれで確かに死んだそうだ。今更指の一本や二本惜しくはねえ。だが、どうやって食わせればいい」 「触れてやれ。名を教えるというのは、狐の間では契約の前段階のようなものじゃ。その資格をお主は持っておるのだろう?触れてやれば、向こうから噛み付いてこよう」 「……は!てこたァ、あんたもそうやって幸村に噛み付いたんだな?」 すると幸村は、世にも人の悪い顔をした。普段の真面目で素直な幸村とは、比べ物にならないほど邪悪なので、お世辞にも温和な顔とは言い難い政宗も、これにはぎょっとして竦んだ。 「世の中には、知らぬほうがいいこともある。小童!わしは一国を治めるお主に敬意を払って出てきてやったのじゃ。これ以上の詮索無用、自分の国のことだけ考えておれ」 一瞬のうちに吸い込まれるようにして、威圧感が去った。政宗はそれでも暫く動く事ができないほどで、幸村はぼんやりと焦点の合わない目をして、政宗がようやく大きく息を吐くと、それと同時に崩れ落ちた。大きな寝息を立てているので、おそらく一尾が表に出てくるのは、相当体力を使うことなのだろう。 「……こええ」 政宗が呟いたのは、心からの本音であった。 その翌、山に着いた政宗はゴザに座ったまま大樹をじっと見つめていた。 暦の上では既に春を迎えた北の国であったが、寒さは今が絶頂と言えた。そんな中で白い息を吐きながら、政宗は静かに、佐助、と呼んだ。やはり出てこない。空気の冷たさがより一層鼻の奥につんとした。 「……佐助、どうか頼む。俺の心持ちは最初の時からなにも変わっちゃいねえ。民を救いたい。俺の体が引き換えにならないことはわかった。だからどうか、別の道を教えてくれ。佐助、……どうか、……頼むよ……」 最後は消え入りそうな政宗の言葉であった。この二週間以上、政宗はこうして毎日懇願しているのだった。それも最初の頃よりは力がない。 政宗が再び、佐助、と呟いた時だった。いつかと同じように、目の前に狐の姿がある。かと思うと、それはすらりと細身の青年の姿に変わった。その顔ははっきり政宗を見下している。 「反省なすったかい、政宗さん?」 「……、佐助……」 ようやく出てきた佐助に、政宗は素直にほっとしてしまって、項垂れた。よかった、と言うか細い掠れた声は、佐助にも届いただろう。 「……どうしたの?あんた、嬉しいの?俺が出てきて、嬉しい?ねえ、そう言ってよ」 「ああ、そうだ。嬉しい。もう、出てきてくれないかと思った」 佐助は屈んで、俯く政宗を覗き込んだ。佐助からは獣の匂いと一緒に、柔らかい綿糸のような、細くてあやふやな香りがして鼻をくすぐる。それでいて、包み込まれるような温かさが空気を伝って感じられるのだ。 「そう。あんた、やっと素直になったね。……ねえ、その匂いは、誰の匂い?俺以外の狐に当てられたの?あんたもしかして、食われたの?」 はっとして、政宗は顔をあげた。その距離が思ったより近いので息を詰めた。佐助が言うのは幸村の飼う一尾のことだろう。その邪気が政宗に残っていたのだろうか。 「いいや、食われてない。お前が言ったんだろ?俺を食うと、逆に食われると」 言いながら意を決して、政宗は佐助に手を伸ばした。またいつかのようにするりと抜け出されるのかと思えば、政宗の腕は案外簡単に佐助の首にまわった。佐助が驚いて目を見開いているのが、手に取るようにわかった。政宗は力を込めて佐助を抱きしめた。 暫くそのまま時が流れたかと思うと、佐助はゆっくり滑らせるように政宗の背に腕をまわした。すると今まで以上に暖かくて、政宗は自分が佐助の九尾にすっぽり包まれるようになっているのだと気付いた。 「ねえ政宗さん、あんたから嫌な匂いがする。嫌だ。…これ消していいでしょ?ねえ、いいって言って」 「ああ、消してくれ。お前が好きなようにすればいい」 そう、本当?と佐助が政宗の耳元で言うと、佐助は腕の力を強めた。政宗が顔を顰めたのは、佐助が爪を立てていたからだった。と思う間もなく、目の前が緑の光に覆われた。炎のようだった。 「熱…」 呟いた途端その炎は消えて、元の通り政宗は佐助の腕の中にいた。佐助はくんくんと政宗の首元に鼻を寄せる。どこか満足そうである。 「そう、あんたの匂いは、これ。右目から溢れる、甘くて怖い香りだ。俺はねえ、でも、この匂いが大好きで、欲しくて欲しくてたまらなかった。でも怖くて近づけなかった。ねえ、わかる?でも、でもね、政宗さん。俺は色々考えたんだよ。あのね、かわりに、」 心をもらおうと思ったんだよ。だから、また明日もおいで。食わずにおいてあげるから。 「待て!待て、佐助!」 (いやだ、これ以上いたら、食われるから) 「心でもなんでも、全部お前にやる!ずっとお前といてやる!だから、約束してくれ、佐助、」 政宗の叫びも空しく、佐助は蜃気楼の如く掻き消えた。腕に残る温もりだけが生々しい。 肩を落としての帰路、頭がぼんやりしてたまらず、馬に揺られているうちに酔って一度吐いた。全部吐き出しても胃が波打つのをやめず、たまらなくなってしばらく草の上に蹲っていた。 何か胸騒ぎでもしたのだろう、今日に限って途中まで迎えに来ていた小十郎は、酷い顔色をした政宗を発見すると慌てて抱きかかえて馬に乗せ、懐に胃液を吐かれるのも構わずに大急ぎで屋敷まで連れ帰った。寝所まで運ぶといくらか落ち着いたらしく、しきりに水を強請った。 つい先程目を覚ましたという幸村が許されて枕元に座って心配そうにしている。それを見て政宗は苦笑するしかなかった。 「ざまァねえ…。一国の城主と言っても、あやかし一匹にここまで振り回される。一尾のジジイの言う事も、実現しなかった。この通り俺は、のこのこと五体満足で帰ってきた…」 幸村は苦しそうな顔をして、政宗の額に手を置いた。ふと一瞬、その手に炎がちらついていたのは気のせいではあるまい。じわりと熱い手のひらはしかし気持ちが良かった。疲れが溶けていくようであった。 「ああ、だめだ、幸村。よせ。あいつが今日、嫌がったんだ。他の狐の匂いがする、と」 「それは嫉妬だ。政宗殿は九尾に当てられておりまする。しばし、このままで」 政宗が眠気に負けて目を閉じると、幸村は手を額に置いたまま政宗に覆い被さって、その首元を柔らかく噛んだ。政宗はピクリと動いたが、抵抗はしなかった。小十郎が桶と手ぬぐいを持って戻ってくると、その異様な光景に眉を顰めた。 「何をしている」 幸村は暫くして退くと、牙の跡がついた政宗の首をぺろりと舐めた。そうして小十郎に振り向く。 「政宗殿は、おそらく九尾の炎を浴びたのでしょう。疲れと重なって、身体が酷い痛手を受けております。……某の火で中和致した。それと、これは賭け、とも言えるのでござるが…」 政宗の首には赤い斑点が二つ散っている。それがじわじわと広がり、炎のような紋様になった。 幸村の言うとおり、政宗は翌日になると昨日のことが嘘のように体力を回復した。飯も普段以上に食べる。小十郎はひとまずほっとして、しかし幸村からの話で今日のことを不安に思わずにはいられなかった。 結論から言って、九尾は予想以上に手強い。獣の姿を借りたあやかしでまだ年若い割には、自制心が人間以上に強い。だから政宗が触れても手を出さなかったのだ、と言う。 しかし、九尾が政宗に惹かれているのは間違いない。そうでなければ、そもそも名を教えたりはしないらしい。小十郎は話を聞いてもまだ幸村がその身の内に狐を飼っているなどと信じられなかったが、政宗が幸村を信頼する以上、これも真実として受け止めなければならなかった。 「では、どうすればいい」 「名を聞き、触れた。それでもだめとなれば、うまく九尾の感情を操ってやるしかござらぬ。そこで、この紋様」 政宗の話から察するならば、九尾は幸村の一尾の匂いがついたことに異様にこだわった。となれば、もう一押し、匂い以外で、「政宗はお前だけの遊び道具ではないぞ」と主張してやれば、あるいはこちらが期待する反応を返してくるやもしれぬ。というのが、幸村のつけた紋様の意味だった。 「なるほど」 と、小十郎も言うしかない。ただ、主人がその身をあやかしに食わせようとするのを、これが唯一の方法であるだけに、止めることもできないのが、なんとも口惜しいのみであった。 「こいつァまた、綺麗な紋様だな。刺青ともまた違う色合いだし、なかなか洒落ていていいじゃねえか」 冗談交じりに政宗が言ったのを、幸村は強がりのように捉えた。通い路に向かう政宗をいつもの通り見送る時、御武運を、とつい言ったのは、計らずも激励となったのだった。 佐助、といつものように呼ぼうと口を開いた時には、もう人型の佐助が政宗の目の前にいて、そして政宗の首を忌々しげに眺めている。政宗は努めて無表情を装った。 佐助は今まで見たこともないような形相で政宗を睨んだ。 「あんたの家に狐がいるのは、知ってたよ。知ってたけど、普通とは違うようだったから、縄張りに入ってきても放っておいた。……ねえ、あんた、そんなに俺を怒らせたいんだ?」 そう言った後の佐助は素早かった。政宗の首を鷲掴みにしてその場に押し倒したかと思うと、その首に食らいついていた。息が詰まって、ぐう、という声が漏れたが、政宗は内心、しめた、と思った。このまま自分を食らえば、佐助は死ぬだろうと期待したのである。 しかし次の瞬間に政宗を襲ったのは痛みではなく、生ぬるく湿った感触だった。 政宗は自分の上に乗っているのが青年なのか狐なのか、判断がつかなかった。首を絞められ苦しいには変わりないが、佐助は紋様のあたりをざらついた舌で舐めている。それだけがわかって、政宗は首を逸らした。 「あんたに目をつけたのは、俺が先だ」 頭の後ろが痺れた。吐く息に熱が篭っていたのは、佐助の舌に焦がされるように思ったからである。 佐助はそのまま口を移動させて、政宗の耳を齧った。獣がする甘噛みそのものの仕草なので、政宗は思わず笑った。 「お前はもしかして、…、くそ、俺がこうやって大人しくしてんのも、みんな民のためだということ事体、気に入らないんじゃねえか?そうなんだろ。お前の嫉妬を煽って、そうまでして、お前に俺を食わせたい俺が、嫌なんだろ。だからいつまでたってもそうやってじゃれるばかりで、…ァ、よせ、佐助」 「黙んなよ、政宗さん。だって、ねえ、食べて死ぬのは簡単だけど、そしたら、もうお終いじゃない。俺、そんなの嫌なの。長いことあんたを見てきたのに、一瞬でお終いだなんて、つまんないじゃん?だからね、俺、なんとかあんたをゆっくり食べる方法を、ずっと探してんだよ」 だから今日も全部消してあげるから、そしたら帰りな。また明日会おうよ。ねえ、ずっと、そうやっていようよ。そしたら、もう俺、食べないであげるから。 「……わかった、ずっと、約束だな?佐助、」 (そう。約束。あんたの勝ちで、俺の負けってわけだ。ねえ、政宗さん、知ってる?最初にあんたがここへ来た時、俺、あんたの足が腐ってしまうんじゃないかと思って、心配で心配でたまらなくて、だから、雪を消してあげたんだよ) 暫くお互いの息を吐く音だけが聞こえた。悲しいほどに荒くて白い。 雪がちらつきはじめた頃、佐助は、こん、と綺麗に啼いて、消えた。 北の国の長い冬が終り、短い春が訪れた。雪解け水が流れ、その横には梅や桜、そして小さな花々が咲き乱れた。人の食われなくなった町も芽を出すように徐々に活気を取り戻し、子供達が春の陽気に誘われて笑い声をあげて走った。 それを一番嬉しげに目を細め、眺める人物がある。この国の城主と、その傍に仕える一の側近であった。 もう、いつまた食われるか――という憂いがなくなったのだから、春の鳥が鳴く喜びもひとしおであった。 若い僧侶は、最初の花が咲くと城主の住む屋敷を出て行った。またどこへとも知れず、気の赴くままに各地を歩くのだという。城主は、その腹に住まうジジイにもよろしく頼む、と言って僧侶を送り出した。 また、貴殿には会いたいものでござる、と僧侶が武士のような口調で最後に言ったのには、特別な感慨が込められていた。城主とは、とある山の麓で別れた。 その山の奥には、狐が住んでいる。尾が九つに分かれた、若く美しい狐だ。聞く話だと、この山の一番奥に根城があり、今はそこで細々と狩りをしているのだという。たまに人間が迷い込むと、これは遠慮なく食べるらしい。城主もさすがにこれは目を瞑った。 その狐と城主が毎日落ち合うのが、この麓なのである。立派な木が聳え立っているのが目印で、その下には一枚ゴザが敷かれている。 とは言え、長い時間一緒にいるわけではない。ほんの半刻ほど何事かを喋って、それで城主も狐も自分の家に帰る。特に互いが互いに触れるのは、一瞬のように短い時間であった。だが狐はそれに満足して、その時間が段々長くなっていくのを毎日楽しみにしているようですらある。 (こうやって慣らしていったら、いつか、あんたを食べられるかなあ) と、狐は時折虚空に歌うように言うのだった。 |