「……貴様、昨日より顔色が悪いぞ」

「う…ふふ、わかる?わかるよねえ…。俺今日朝鏡見てびっくりっていうか、うわって思ったもん。目え腫れるわ隈できるわ肌荒れるわで、ねえ」

「……」

「……」

「……」

「あの」

「……」

「はなし、」

「……」

「話聞きます?」

「……好きに致せ」

「そう?ほんと?もうこんなの誰にも話せなくってねえ…。あ、ここヒビ入ってる。この学校創立100年だっけ?ガタきて当然だよねえ。ていうかなんでこんな老朽調査俺らがやってんだろう」

「鼠やらがおらぬか見ろ。ほれ」

「うわ、懐中電灯。どこに持ってたの。はいはい、どうせこういう汚れ仕事は俺ですよ…。でね、昨日ダンナと一緒に帰ったわけなんですけど、何が怖いって、あの人なんにもしゃべんないんですよ、道すがら。普通ああやって出て行ったら、その後なんやかんやと話合うんだーって思うじゃないですか。俺もそう思ったし。どっから聞いてたのかによって展開も違ってくるし。けど、ずっと無言なわけ。今考えたら『は?』って思いますよね。だって無視してんのあっちだし、こっちはきちんと釈明っていうか、説明しようと思ってんのに、つーかノリで会長に相談してたことも言えるかなとか思ってたのに、完全に俺を遮断してるんだもん。ちょっと言い方古いけど、アウトオブ眼中みたいな、俺なんか空気ほどの存在感もないみたいな、そんな感じで」

「何かいたか?」

「なんかごそごそ動いてんのは見えるけど、アレ鼠かなあ。暗くてわかんないな。までも一応チェックしときましょーよ。具体的なことは事務員さんが最終的にやってくれんでしょ?で、なんだっけ。そう、完全無視。俺も何か話しかけられるような雰囲気じゃないわけ。となると、もう頭ん中でいろいろ考えちゃうんですよ。ダンナってわりに細かいけど、俺と一緒で基本面倒事好きじゃないんですよ。まあとは言え頭いいから要領よくこなしちゃうんですけど。や、それはともかく、となると、ほんとに俺のこと飽きちゃったのかなあって。俺ってダンナにとってめんどくさい奴でしかないのかなって。俺結構ネガティブだし、常に誰かにストレスかけられてるし、そういうのよりはむしろ真田の旦那とか前田の旦那のほうが相性いいんじゃないの?って思っちゃうくらいで。あ、そうだ、その辺どう思います?会長は」

「何のことか」

「だから、俺ってめんどくさいやつかなあって」

「面倒臭くないやつは我にこんな話を延々とはすまい」

「うわ、遠まわしに肯定してんじゃん。でもやっぱそうだよねえ。なんだかなあ…」

「さっさと話を進めよ。…次はプールだ」

「あ、ごめんなさい。でね、いろいろぐるぐる考えてたらもういつも別れる道にきちゃったわけですよ。ダンナはダンナで当然の如く自分の家のほうに向かおうとするし、俺ほんともうどうしようかと思って、思い切って呼び止めてみたんですよ。ダンナーっつって。で、また無視なんですよ。俺ほんと泣きそうになって、え、ここで終わっちゃうの?て。別れ話とか、そりゃすんの好きなやつなんかいないだろうけど、別れるにしたって順序ってあるじゃないですか。でもダンナならそういうのもすっとばしかねないと思って。なりふり構ってられるか、って感じで今度は大声で叫んだんですよ。ダンナーっつって。そしたらようやく振り返って」

「振り返って…どうした。何を立ち止まっておる。さっさと調査をはじめぬか。まずはフェンスから」

「振り替えって、なんでもない顔して、『ん?』て言うんですよ。俺別にダンナの顔が好みとかそんなんじゃないんだけど、そんな顔見たら、なにか言う気なんか失せちゃってさあ。俺が帰り道の間に溜め込んでたいろんなもやもや全部やさーしく否定されたっつーか、そもそもなんか問題あったのか?みたいな、そんな顔なんですよ。『ん?』って、ちょっと小首傾げたりして、俺がなんか言うの待ってんですよ。もう俺、どうしろっていうの!って感じで、言葉出てこなくって」

「また泣いたのか」

「…なんでわかるの。や、泣くまいとは思ったよ?けど涙が勝手にね、はは…」

「なんとも不便な身体の男よ…。フェンスは異常ないな…。して、どうした」

「これがね、実はこの話、すんげえアホらしいんだけどね」

「だからなんだ」

「俺が黙って泣き出したからさすがにダンナも俺んとこ来て、どうしたんだって言うわけですよ。いや、どうしたもクソもあるか、あんたがずっとひどかったんだろ、って、なんとか言おうとしたんですよ。そしたらまたダンナ『はあ?』って。いや、だからなんでさっきからそうやって俺のこと突っぱねるのって、ちょっと怒って言ったわけですよ。そしたらなんて言ったと思う?」

「我が知ったことか」

「『今耳が聞こえない』って」

「……」

「さすがに大声で呼び止められたりしたらわかるけど、さっきみたいにボソボソ喋られても聞こえないんだって。そう言われたら、そういや俺生徒会室でもすげーテンション低くて、普段よりちっさい声で喋ってたかなあって。思うんだけど、そんなんいきなり言われてもわかんないじゃないですか。だから俺もどういうことって聞き返したんですよ。わりとおっきい声で。そしたら、ダンナって小さい頃結構ひどい病気してて、そん時ちょっと鼓膜を傷つけたとかで、普段は全然平気なんだけど、風邪とか引くとたまに聞こえなくなる時があるんだって。今回はちょっと風邪気味なだけだったんだけど、やっぱり耳の調子悪くて、それでしかも俺の声って聞き取りにくい声質らしくって、ダンナが生徒会室来た時俺が喋ってたことも、風邪でぼーっとしてることもあったし、ほとんどわかんなかったんだって」

「…それでどうした」

「だから今から病院行くって。最初に説明しとくべきだったのかもしれないけど、昨日俺と顔あわせたのってあれがはじめてだったし、朝から同じ説明何回もしてるうえに耳聞こえなくて結構機嫌悪くて、そんで加えて俺のテンションもなんか低かったし、めんどくさくてしなかったって」

「……」

「そのせいでお前を怒らせたんなら悪かった、って」

「……………アホらしい……」

「アホらしいけど、俺一気に安心しちゃって。あ、なんだ、全部俺の取り越し苦労だったんだって。別に俺のこと悪意があって無視してたわけじゃなかったんだって。俺も悪いとこあったし、現にダンナきちんと説明して謝ってくれたわけだし、って思ったらまたなんか涙出てきて、ああ俺ってこういうとこがめんどくさいんだなって思ったけど。ダンナも結構困っちゃったみたいなんだけど、仕方ないなあって感じで俺のことだきしめ」

「待て」

「て…え、なに」

「そこからは単なる惚気だろう」

「え〜?えへへ〜…わかります〜?」

「くだらぬ…くだらぬ…。貴様、あとは一人でやるがよい」

「えへへ〜、俺様今結構幸せだからやっちゃいますよー。あとは外周だけっしょ?」

「……ところで当初の問題はどうした」

「……あ」