「名前呼ぶって大事だと思うんですよ」

「……この者はテニスコートを増設を希望しておるらしいぞ」

「ああ、いるんだよねえ、明らかに予算も理由もないのにそういうこと希望するやつ…。テニスコートもう5面もあんじゃんねえ。別に強豪ってわけでもないのにね。部員数だけは多いらしいけど。つか部員数多いんだからもうちょっと結果出してからもの言ってほしいよね。部活は溜まり場じゃないっつーの。でね、やっぱ会長もそう思うでしょ?」

「却下だな」

「んもーう、人の話聞いてちょうだいよ。そっちじゃなくて、名前呼ぶって大事だよねーっつーこと」

「……猿飛よ」

「え?なになに?」

「我は段々お前の話に飽きてきた」

「ひ…ひっどーい!なにそれ!だって会長だって知ってんでしょ!?俺、会長以外にこういう話できる人いないって!会長が聞いてくんなかったら俺一体誰に話せばいいの?そんなつれないこと言わないでさ、俺聞いてくれるだけでいいんだよー。ねえねえお願い」

「というか貴様、最近調子に乗っているだろう。最初丁寧に使っていた敬語はどこへやった」

「ん、えへー、ほら、俺様ってフレンドリーなのがウリだし、そのへんは愛嬌っていうか…」

「我は認めぬ。…とはいえ今のように貴様が駄々をこねるであろうことも我の計算のうち…。ということで、そんな貴様にいい話し相手をさがしておいた」

「…本気で拒否られるとさすがに傷つくなあ…。誰よそれ」

「もうすぐここに来るはず…。しばし待て。ふむ、この者は校内イベントで男女の仲が深まるようなものを求めているらしい」

「…それ、出したの前田の旦那じゃない?つか、結構みんな気合いれてアンケート書いてくれちゃって、大変なのはこっちだよねえ…。ん、はーい、あいてまーす。どうぞー…ぎゃあ!」

「大声を出すでない…。…明智、突っ立っていないでさっさと座らぬか」

「クク…ククク…これはこれは楽しそうな座談会ですねえ…。どうやら独眼竜はいないようですが…。まあいいでしょう…。お茶が出ると聞いてやってきましたよ…クク…」

「さあ猿飛、明智相手にいくらでも惚気でも愚痴でも喋るがよい…。我は休む」

「え…っ、ちょ、ちょっとまっ…!寛ぎだすのやめて!お願い!ていうかお茶が出るって俺が出すのかよ!う、うわああ、とんでもない人呼んでくれちゃって…!」

「とんでもないとは…?私のことでしょうか…。クク、あなた、ひどいこと言いますねえ〜…ククク…」

「そ、その語尾に笑い声足す癖やめてくれないかなあ〜?…あ、お茶自分で入れるんですね…はは…」

「佐助くんの分も入れてあげますよ…。ほうら、まるで人間の脂肪が腐ったような濃い緑色ですよ…。おいしそうですねえ…」

「い、いちいちたとえが恐ろしいんですけど…。あ、ありがとうございます。てゆーか会長、俺もう帰っていいかなあ…?」

「何を言う…。茶を入れてもらっておいて一口も飲まずに帰ると…?無礼にも程があろう。それに肝心の相談はどうした。我を気にせず、心置きなく相談しまくるがよい」

「き、近年稀に見ないいい笑顔しやがって…!イニシャルはエムエムのくせにどSなんだからこの会長…!俺だって誰彼かまわずプレイべートなこと相談できるわけじゃないんだよ!そこんとこわかってないでしょ!大体明智さんが安全だっていう保証どこにあんの!」

「安全…貴方の独眼竜のことですか…。話は生徒会長から少し聞いていますよ…。彼は随分もてるそうですね…かく言う私も多少興味はありますが…」

「ほら見ろ!ね、会長、こういう人には俺相談事できないんです。わかった?つか何明智さんに話してんだよ!」

「彼は私と気が合いそうです…とてもね…。信長公とはまた一味違った楽しみのある方です…クク…。そう言えば、この前も彼とは少し話をしました…」

「ちょっと会長そんなクラシックとか流してお茶を濁したりしても無駄…え、今なんつった?」

「独眼竜と話をしたと言いました…。そう、あれはつい最近でしたね…。ああ、あの時は随分楽しかった…やはり彼と私はよく似ているようです…クク…」

「そ…それは聞き捨てならない…。あんたとダンナが似てるかはともかく、一体何話したっての」

「おや…気になりますか…?気になります…気になりますよね…!自分の愛する人がどこで誰と何をしたのか、気になりますよね…!私も今一体信長公が何をしているのか気になって仕方がありませんよ…!ウフフ…!」

「いや、あんたのことは聞いてない…っつーか、明智さんてやっぱ魔王の旦那が本命なの」

「魔王…うふふ、おもしろいあだ名ですね…。私は確かに独眼竜に興味はあります…が、やはり信長公には遠く及ばず…クク、言わずともわかることですが…あなた、信長公の話を聞きますか…?」

「…えっ、遠慮しときます。そ、そうか、そんなら一応明智さんは安全な人なんだあ…。会長、一応きちんとそのへん配慮して…ってうおおおおい!何優雅なお昼寝タイム突入してんの!会長!かいちょーう!」

「独眼竜は確か頭が痛いとかで保健室にやってきたのでした…。そう、確か五時間目のはじめごろ…」

「う、うおお…話はじまっちゃったし…。お願い会長、起きてるだけでいいから…!そんだけで精神的にナンボかマシなの!お願い!うわあ起きる気ゼロだしこの人…!このどS!」

「私は大体保健室にいるので当然彼と出くわしたわけです…クク…血を流していないのが残念でしたが…。休みたいというので休ませてあげました…。うふふ…横たわる独眼竜…おいしかったですねえ…あの気丈な人が…ああ…貴方にも見せてあげたいくらいでしたよ…!」

「なに見てたんだよあんた!怒るよ!つーか大体保健室にいるってどういうわけだよ!」

「それは…あそこが一番血が見られるからではないですか…うふふ、おかしなことを聞く人だ…」

「………………そ、………………そんで、どうしたの」

「それで…独眼竜が暇だから私に話し相手になれと言うので…私も丁度身体がだるくなっていた所だったのでベッドに寝ました…おっと、勘違いしてないでくださいよ、当然隣のベッドですよ…ふふ…。まあそれでより一層よく横になる独眼竜を眺める事ができたわけですが…彼の私に対して動じないのはかえって新鮮でしてね…あの強い瞳は信長公を思わせる所があります…おっと、そんなに睨まないでくださいよ…こわいじゃあないですか…!クク…ククク…!」

「…さっきから話進んでないんですけど。あんたの所感はいいから、内容だけ!ね!」

「フウ、せっかちな人だ…。まあいいでしょう、なるべく内容だけを…。話しかけてきたのは独眼竜からでしたよ…。どうしていつも保健室にいるのだとか…信長公とはどこで知り合ったのだとか…帰蝶の話も少し出ましたね…。もちろん私は喜んで答えてあげましたが…彼が信長公に割と興味を持っていたのは意外でしたね…うふふ、まあ私としてはあの二人が並んでいたらそれはそれで非常に楽しいのですが…!ああ、ああ、すみません、話が逸れましたね…。楽しかったというのは実はそのことではないのですよ…俗に言う世間話のネタも尽きてきた後の話です…」

「……会長、起きてる?クソ、今度からシカトしてやる…」

「私は独眼竜が貴方と付き合っていることを聞いていましたから…ふと興味が湧いて聞いてみたのですよ、貴方、佐助くんとお付き合いしているそうですね…と…。独眼竜は『ああ』と言ったので、更に聞いてみたのです。私は貴方と佐助くんがお似合いだとは思いません、そうではありませんか、とね…」

「な、なんつーこと聞いてんの…?や、まあ、それはともかく、なんつったの、ダンナ」

「彼は…私の好きな顔で、自分もそう思う、と言いましたよ…。貴方、私の好きな顔というのはわかりますか?それはそう…まさに魔王のような顔ですね…うふふ、あの顔ときたら、私、うふふ、楽しくて失神しそうでしたよ…!もう一度見たいものです…あれは…クク、ククク…」

「……え、あ、そ、そう…へえ…。ど、どんな顔だよ…。ど、どう解釈したらいいのかよくわかんない話だな…。え?雑談って話なら普通そう言うよね?あんま『俺達お似合いでしょー』とか言う人たちもいないよね…そうかな…えええ…?かいちょお、これどう解釈すればいいわけ…?」

「我に聞くな」

「つーかやっぱ狸寝入りかあああ!!さいてー!あんたさいてーだよ!俺だって傷つくのよ!?」

「傷つく…クク…いい言葉ですね…。そういえば、独眼竜はあの時どこか元気がないようでしたね…。だからあんな顔を見られたのでしょうが…。あれは本当に単なる頭痛だったのか…私はそうは思いませんね…クク、傷つく、いい言葉だ…」

「……え、明智さん、それ、どういうこと?元気なかったって?あんな顔って」

「さあ、私には…。ただ私はあの顔が忘れられなくて…クク…。気丈で傲慢な独眼竜が、私のすぐ傍で横たわりながら、あんな傷ついたような顔を…ククク、本当にあれはいい顔でしたねえ…。彼とは気も合いそうですが、どうやら私を楽しませるツボを知っているようだ…うふふ、うふふふ…」

「あ、あけっさん、それっていつ頃の話かなあ…。最近つってたけど…」

「具体的には…そうですね…。ああ、そうそう、あの日、私が帰ろうと思ったら、あなた方二人がプールにいたのを見かけましたよ。何をしていたのかは知りませんが…。その日です。心当たりはあるでしょうか…」

「ああ、あの日…。あの日か…。…………」

「……?どうかしましたか、佐助くん。どういうわけでしょう、貴方の傷ついた顔はちっとも楽しくありません…。むしろ不快ですね…ああ不快だ…。お茶もごちそうになりましたし、私はそろそろ保健室に帰りますよ…。今度は独眼竜がいる時に呼んでくださいね、生徒会長…あなたもまた、私と同じ人種のようだし…なかなかここは楽しい場所のようです…クク、ククク…。では、また…」

「フン…。不快な男よ…」




「……」

「猿飛」

「……」

「何度も呼ばせるな。猿飛」

「名前」

「……?」

「ダンナって、俺の名前、一度も呼んでくれたことないの。『佐助』って。そりゃ、おい、とか、お前、とかで済むかもしれないけど」

「……貴様こそ伊達を名前でなど呼ばぬではないか」

「……そうなんだよね。名字ですら、呼んでないよね。竜のダンナ、っつって」

「……」

「変だよね」

「……貴様らが勝手にそうしているのだろう」

「うん。でもダンナは傷ついてたのかもよ。俺が名前呼ばないから、かどうかはわかんないけど、俺の話題出されて傷ついた顔するっていうのは、絶対俺がなんかダンナの傷つくようなことしてるってことだよね。傷ついた顔して、俺達はお似合いじゃない、って言うくらいには、なんか傷ついてるんだよね。絶対俺のせいなんだよね。俺、なにしたんだろう。どうしよう、わかんない。ねえ会長、俺、なにしたのかなあ」

「……貴様は何もしていないだろう」

「……んじゃなんでかな」

「我に聞くな」